第7話 戦時動員

皇国暦129年10月13日 グラン・ローレシア皇国 皇都エストクエーテ


 エストクエーテの皇宮にて、皇帝アルフォンス・デ・レイ・ローレシア3世は絶望の表情を浮かべていた。


「親征艦隊が…我らの誇り高き者達が…」


 50代後半であるはずの彼の顔は絶望で痩せこけ、10歳以上も年老いた様に見える。その様子を見ていた侍従達は動揺を隠せず、ただ困惑した表情を浮かべるのみだった。


 本来ならばミズホ王国を圧倒的武力で侵略し、そこを起点に残りの大東洋諸国を呑み込むのがローレシア皇国の思い描いていた展開であった。皇国海軍の半数を占める300隻の艦船と、皇国飛竜騎兵団の誇り高き480騎の碧鱗竜。そして12万の将兵さえあれば、48隻の砲艦と300騎のワイバーンしかないミズホ王国を呑み込む事など造作もない筈だった。


 しかし、ニホン国なる未知の新興国が、全てをひっくり返した。作戦に参加した碧鱗竜はほぼ全て撃墜され、艦船も200隻以上を喪失。将兵は皇太子含め8万以上が戦死ないし行方不明。まさしく信じがたい大敗北であった。特に次世代の指導者層たる皇太子や若い貴族達が戦死したのは相当な痛手だった。


「…陛下。間もなく元老院会議で御座います。ご登壇を願います」


「…うむ…」


 宰相に呼ばれ、皇帝はゆっくりと椅子から立ち上がる。宰相の顔も非常に暗い。彼も多くの親族が戦死したからだろう。そうして多くの者達が深い悲しみを背負いながら、元老院本会議は開催された。


・・・


皇国元老院


「軍は此度の失態をどの様に挽回するおつもりか!」


「私の息子と甥が戦死したのだぞ!この犠牲に対して如何様に弁解するというのか!」


 紛糾の嵐が巻き起こる元老院にて、議員達は声を荒げる。しかしその規模は個人の声量の割には小さく見えた。それは議長として参席する皇帝アルフォンス3世や、その側近達の共通した感想でもあった。


 無理もない。この国において元老院議員とは皇国貴族と同義語であり、肩書ばかりの将軍として親征に参加した者が半数を占めていたからだ。その大半はミズホ島沖合で戦死ないしニホン軍の虜囚となり、生き残った者は未だに占領地たるサラニアやミクリア、パレアで燻っている。屈辱的な敗戦の衝撃により、敗軍の将の汚名を浴びたまま帰国の途に就く覚悟を持てないからだ。


 これらの批難に対し、皇国軍の軍政長官であるアルフィス・デ・レベイラ軍務大臣と軍令指揮官であるカルロ・デ・ナバロ元帥は苦々しい表情で受け止める。法律上、皇国軍の最高司令官は皇国皇帝となっているが、実務の面では平時は軍令のトップである統帥本部長たる元帥が指揮を執り、予算運用など政治面での運用は軍務省のトップである軍務大臣が担っている。故に批難の矛先が真っ先に向くのはこの二人であった。


「…現在、皇国各地の軍事工場にて、兵器の増産を押し進めており、半年後までには軍艦30隻を完成。さらに民間からも船舶を徴用し、1年以内に200隻回復させる予定です」


「また、碧鱗竜の空中運用を主目的とする飛空船艦隊をサラニアに派遣。碧鱗竜2400騎を大量に動員する事で、敵の攻勢に備える事とします。兵士は一般平民からの徴兵のみならず、属領からの大量徴発と奴隷の徴用によって穴埋めを行いつつ、特に艦船の増産を押し進めます。造船所ではすでに、24時間全てを用いて船舶を建造せよとの命令を下しております」


 二人の回答に、何人かは小さく頷いて満足な素振りを見せる。その中で議員の何人かは、ひそひそ声で話し合う。


「…『商会』の推測通り、酷い事になったな。ここに来て西の守りを使うつもりじゃないとはな」


「最近ビンソン部長を見ないよな?どうやら西の列強国へ使者として派遣された様だ。恐らく『総本山』を介してセントラシアから『義勇軍』を引っ張って来るつもりだろう」


 この世界にて最大の宗教である『ファリウス教』の総本山は、政治的な影響力が強い。故に『異端が東方大陸圏を侵略しようとする』とでも言えば、他の強国に対して義勇軍を派遣する様に口利きしてくれるだろう。恐らく皇帝達上層部もそれを前提に戦略を練り直すだろう。


「ともあれ、より多数の兵力でニホンに勝とうと足掻くのは既定路線だな。『商会』の計画通りという訳か。我らも次の段階に備えて動くか」


「ああ…」


 この日、ローレシア元老院にて戦時動員法が可決され、国内産業の多くが軍需に投入される事となった。工場では大砲と銃の生産が加速され、全ての造船所にて軍艦の建造が進められる。そしてこの動きは、ロイター逓信社の報道などを介して日本の知るところとなる。


・・・


 イストレシア大陸より西の海の向こうにある国。そのある場所で、十数人の男達が話し合う。


「…東に恐れを知らぬ異端どもが現れたそうだ。奴らには聖罰を与えねばならん」


「然り。カルスライヒを中心に、義勇軍をローレシアへ派遣しよう。今こそ我らロマニシアの威光を文明圏外国に見せつけるべし」


 白い装束に身を纏う者達が話し合う中、一人の男は小さく微笑みながら呟く。


「…そうだ。これでいい…全ては『導き』のままに…」

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