迷彩色の武士団~日本国異世界奇譚~

広瀬妟子

プロローグ

 皆はセカンドライフに憧れた事があるかい?私は『この世界』で手に入れたばかりだった。


 少し前のライトノベルとかネット小説で流行った『異世界転移』というもので、この世界にばれたのは5年ぐらい前の事。ただのサラリーマンである私に求められたのは、外交官の仕事だった。


 私が二度目の人生を過ごす事となったこの世界は、三つの超大国が一つの宗教をよりどころにして支配している、『剣と魔法』が文明の象徴となる世界。その中でも一番東に位置する地域にあるミズホ王国は、私の様な日本人の『転移者』や『召喚者』の子孫が築き上げた国だった。


 この世界にてイストレシア大陸文明圏と呼ばれる地域の外、文明圏外国と蔑まれるミズホは、黒船に酷似した蒸気船48隻と300騎のワイバーンによって国を守っている。しかしイストレシアの覇者グラン・ローレシア皇国はその10倍の数の帆船と1万騎以上の碧鱗竜ラピスドラゴンを有し、どう足掻いても単独で対抗できる相手ではなかった。


 よって、私は同じ文明圏外に位置する国々との連帯を保つ事が仕事だった。一人の勇者が全ての運命を決める時代はとっくの昔であり、国を守るのは多数の優秀な兵士だからである。私には貴族の扱いが与えられ、『故郷』では得られなかったものを多く手に入れた。その分私に求められる事も多かったが。


 そうして5年の月日が流れたある時。王国軍より入ったある情報を受けて新たな仕事に向かった事から、物語は始まった。


・・・


王国暦329年3月16日 ミズホ王国東部沖合


「トダ閣下、こうも無理しなくとも良いのに…」


 海上より高度2000メートル上空を飛ぶワイバーンの背中で、騎手のササノは後部座席に座る男にそう話しかける。単騎で非戦闘員を乗せながら東に飛べなど、軍人としては正気の沙汰ではない。だが『閣下』と呼ばれる男にとってこれは必要な行動であった。


「何、今私達に必要なのは、相手に見つけてもらう事だ。にしても、東から未知の飛行物体とはな…」


 事の発端は先日の事。王国東部の港町イードに、突如として未知の巨大な飛行物体が出現。飛竜騎兵隊の迎撃を振り切って逃走したという事実に、多くの国民が恐怖した。


 この世界は球形の惑星であり、東の海の向こう側は西方大陸に接している事はもはや常識である。故に西方諸国の新戦力ではないかと警戒する者は多かった。その不安を払拭するのが、この男の新たな仕事だった。


 と、目前より『何か』が高速で接近してくるのが見えてくる。その『何か』は一瞬でワイバーンの真横を通り過ぎると、急旋回して真横に位置しようとしてきた。


「な、なんだ…!?」


 『何か』にササノが驚愕する中、男はミズホ最新の技術で作られた無線通信機を取り出す。そして真横にある『何か』に向けて呼びかけた。


「私は、ミズホ王国外交局副局長の戸田雄二とだ ゆうじだ。ここはミズホ王国の領空である、直ちに所属を明らかにし、応答せよ」


 通信に対し、相手は答えない。しかし『何か』はそのまま東の方向へ飛び去って行き、戸田は小さくため息をついた。そして数分程東へ飛び、眼下に新たな物体を見つける。


「閣下、アレは何です!?あそこに小島など無かった筈ですが…」


「…いや、アレは船だ。しかも海上自衛隊の艦だ。近づけてくれ、もう一度呼びかける」


 戸田はササノにそう言い、真下にある船へ通信を試みる。


「こちらはミズホ王国だ。貴船は我が国の領海を侵犯している、直ちに応答せよ」


 述べ終え、戸田は静かに耳を傾ける。すると、無線機より新たな声が聞こえてきた。


『…ちら、海上自衛隊護衛艦「いせ」。通信を受け取った。まさか日本語を話せる者と出会えるとは…』


「返答に感謝する。これより貴船に対して着艦を行う。我らに攻撃の意思はない…という訳で、降りてくれ」


「全く、無茶を仰いますねぇ…!」


 ササノはそう文句を口にしつつ、相棒を降下。護衛艦「いせ」の広大なヘリコプター甲板へ着艦させる。先程まで時速300キロメートルで飛んでいた生物がほぼ垂直に降り立ち、甲板に来た乗組員達は驚愕を露わにしながら近づく。そして戸田は周囲を見渡しつつ呟いた。


「さて、ここからが忙しいぞ」


・・・


 都内のビルの一室で、一人の男が静寂に包まれた街を見下ろす。その後ろには一人の男の姿があった。


「会長、自衛隊はミズホ王国の外交官と接触。平穏無事に政府と交渉を始めたそうです」


「うむ…ここまでは想定通りだ。『元の場所』の状況はどうか?」


「すでに、半島辺りが相当な緊張に包まれています。このまま無事に維持できるとは思えませんが…」


「それでも、最悪の事態だけは絶対に回避しろ。国の幾つかが自滅しても構わないが、世界そのものが崩れる事になれば、我らの使命は無為に変わる。努々忘れるなよ」


「ははっ…」


 部下がそう答えて退室していき、会長と呼ばれた男はテーブルの上に置かれたレジュメに目を見やる。此度の異常事態でこの国の社会はどれだけ混乱しているのかが記されており、政府は前代未聞の異常事態の対処に追われているという。そしてそれを最も危惧していたのが会長だった。


「…我々は、何としてでも使命を果たさねばならぬ。全ては千年先へ続く未来のために」


 西暦2029(令和11)年4月16日、日本国はミズホ王国及び大東洋の国々と国交を締結した事を発表した。

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