第2話 列強の対応と手段

西暦2029(令和11)年/皇国暦129年9月18日 グラン・ローレシア皇国 皇都エストクエーテ


 歪な菱形をしたイストレシア大陸の東部、巨大な港湾を持つ大都市エストクエーテ。グラン・ローレシア皇国の繁栄の象徴とも言うべきこの都市には、100万人の市民が住まう。


 その街の中心部に二人の日本人の姿があった。煉瓦で舗装された道路の上に立つ彼らは、外務省から派遣された外交官であり、その名は中村祐大なかむら ゆうだい河本哲也こうもと てつやという。彼らは今、この国の外交を担当する『皇国国務省』に来ていた。


「相手さん、意外とすんなり受け入れてくれたもんだな…」


「確かに…最悪、門前払いも覚悟していたからね」


 係員に案内され、フランスの大宮殿を彷彿とさせる豪華絢爛な建物の中の廊下を歩く二人は、ローレシア側が国交樹立交渉に素直に応じてくれたことを意外に感じていた。


 とはいえ、この国がいわゆる覇権主義国であり、すでに複数の国・地域を属領として併呑している事実はミズホ王国から知らされている。故にあくまでも何らかの外交チャンネルを持つ事が優先課題であり、国交締結は運が良ければの場合であった。


 数分後、二人はとある部屋の前まで案内される。中村が扉をノックすると、中から『入りたまえ』というふてぶてしさの滲む声が聞こえてきた。


「失礼します」


 二人が部屋の中に入ると、そこには華美な服装に身を包んだ、いかにも貴族という言葉が相応しい風貌の男が居た。その男は、仮にも客人の前であるにも関わらず、ソファに座ったまま脚を組んで、右腕の肘を背もたれの上に掛けるという、あまりにも不遜な態度を見せつけていた。


「お前らがニホン国とやらの使いか。私は国務省文明圏外国担当部長のアミア・デ・ビンソンだ」


「…日本国外務省の中村祐大と申します。こちらは部下の河本哲也と言います」


 ビンソンと名乗る男の態度を不快に感じながらも、中村は自分達の素性を伝える。部屋の中にある椅子は彼が座っているソファ一つのみであり、二人は立たされたままだ。加えてビンソンの態度は相変わらずであり、彼は果実酒と思しき飲料が入ったグラスを片手に持ちながら、話を進め始めた。


「本来ならば、貴様達の様な辺境に棲まう蛮国の使いなど、門前払いして然るべきところだ。だが、皇帝陛下より受け入れよという命令が下ったのだ、陛下の慈悲に感謝するのだな」


「…陛下のご厚意に、感謝致します」


 故国を蛮国と扱き下ろされ、二人は顔を歪める。とはいえ相手は未だに日本の事を探ろうとしていないのだから、この認識は直ぐに直せるはずもない事は理解していた。


「さて…それよりも陛下より貴様たちへ言伝を預かっている。国交樹立の要件だ、有り難く受け取るが良い」


 ビンソンはそう言うと、折りたたまれた一枚の羊皮紙を懐から取り出す。それにはイストレシア大陸共通語の文字で幾つかの文章が書かれており、彼の国の言葉を前もって習得していた中村はその内容を順に読み進める。それには以下の様なことが書かれていた。


・ニホン国は国家元首の上に、皇国から派遣された総督を設置することを認める事。

・ニホン国は全ての職人を皇国へ差し出す事。また、主要な産業の生産拠点は皇国の管理下に置かれる事を認める事。

・ニホン国の外交・貿易は、皇国政府の管理下に置かれる。これに合わせてニホン国は皇国人の治外法権を認める事。

・ニホン国は皇国の求めに応じて、人的資源を含むあらゆる物資及び技術を帝国へ供出する義務を負う事。

・以上を両国の国交樹立における最低条件と定める。


 その内容は事実上の属領化要求であった。これに感情的な反応を返したいところであったが、中村は出かかった罵倒を呑み込み、冷静に答える。


「…一先ず、貴国が提示したこの条件を、本国に報告させて頂きます。正式な返答はまた後日ということで…」


「…分かった、良い返事を待っているぞ。二人をお連れしろ」


 ビンソンはそう言うと、側に控えていた部下に対して彼らを出口まで案内する様に指示を出す。そして国務省を後にした二人は、馬車の中で会話を交わす。


「…戸田さんから聞いた通りの人でしたね。アレで外交官とは…」


「…この調子だと、我が国は楽に平和を享受でき無さそうだな。ともあれ、これで我が国は皇国との間に外交を行った実績を作れた。後はこれをどの様に活かすかだ」


 その夜、二人は宿よりミズホ王国が用意した魔導無線通信機で、幾つかの中継地点を通して日本国政府に対して報告を送った。しかしその頃、ミズホ王国の地では彼らの想定せぬ事態が起きていた。


・・・


ミズホ王国北東部 港湾都市タガ市


 ミズホ王国の北東部にある港湾都市タガには、日本や台湾より来た貨物船が多数来港していた。目的はもちろん、ミズホで生産される穀物や畜産品を輸入するためである。


「しかし、ニホンの船は本当にデカいよなぁ…」


 港湾部にて作業する水夫達に魔導師は、そう言いながらコンテナ船を見つめる。彼らは浮遊魔法や日本製のクレーン車を用いて、貨物コンテナを積み下ろすのが仕事であり、日本の経済力の高さを直接目の当たりにする事の出来る立場にあった。


「我が国も、近々技術供与によって同じような船を造る計画があるそうだ。その前に港湾設備を作り変えるのが先になりそうだけどな」


「だろうな…ん、何だ…?」


 とその時、水平線の向こうに幾つもの光が現れ、その数は増えていく。そうして目を凝らした時、光の中から何十隻もの帆船が姿を現す。そしてマストにはためく旗を見て、多くの水夫が青ざめた。


「こ、皇国軍だ!?」


 王冠に五つの剣の紋章と、それを両脇より支える2頭の黄金の竜。グラン・ローレシア皇国の国旗を公然と掲げる事が許されているのは皇国海軍の軍艦のみだった。そしてその上空には、皇国軍の航空戦力を担う碧鱗竜ラピスドラゴンの群れ。


「に、逃げろ!ニホン人の船員達にも伝えるんだ!」


 水夫達は血の気を失った表情で逃げまどい、しかしそこに皇国軍の攻撃が殺到する。碧鱗竜は強力な火炎のブレスを吐き出し、市街地を焼いていく。そこには多くの市民がいたが、その業火は容赦なく彼らを呑み込んでいく。沿岸部では十数隻の戦列艦が隊列を組み、艦砲射撃を開始。無数の砲弾が港湾に停泊する船舶に降り注いだ。


「くそ、皇国軍め!見た事も無い魔法で奇襲なんて仕掛けてきやがって!」


「これ以上好き勝手やらせるな!迎撃!」


 タガ近郊の駐屯地からは、王国飛竜騎兵団に属する20騎のワイバーンが緊急発進スクランブルし、軍港区画に停泊していた砲艦4隻と共に迎撃に移る。ワイバーンの飛翔速度は最高300キロメートルであり、手繰る竜騎兵もベテラン揃いだった。しかし相手は最高速度420キロメートルで飛び回る碧鱗竜であり、生物種としての能力の高さは桁違いだった。


 斯くして、後にタガ空襲と呼ばれる事になる事件にて、ミズホ王国は20騎のワイバーンを喪失し、死者・行方不明者は1万人を超える大惨事となった。そしてこの中には多くの日本人が含まれ、世論は大きな衝撃を受ける事となる。

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