第9話 パレア島強襲

西暦2029(令和11)年11月27日 ミズホ王国東部 港湾都市タガ沖合


 この日、中谷は第1水上戦群の艦長の面々を「いずも」に集めて会議を開いていた。


「これより会議を始める。今回、我が第1水上戦群は敵に揺さぶりを仕掛けるべく、ローレシア軍が占領中であるパレア公国へ強襲を仕掛ける」


 テーブルに敷かれた地図を見つつ、中谷は駒を動かす。そこには各種諜報活動で得られた敵の情報が、駒の数で表されていた。


「先の海戦にて、ローレシア海軍の侵攻艦隊の残余はパレア公国を含む占領地へと撤退。今も60隻程度がパレア公国に残っているという。しかも現地の造船所や住民を利用して軍船の建造を進めており、戦力の回復は着々と進んでいるそうだ」


 この世界には魔法がある。オブサーバーのタガシマ佐官曰く、樹木の促成栽培と迅速な加工、金属類の加工については日本側の想定以上にかかる時間が短く、1隻当たり2年程度はかかるものを僅か半年で建造する事が出来るという。乗員までは同じように増やす事は出来ないだろうが、隻数を直ぐに回復されてしまうのは見逃せない事だった。


「よって本艦隊は独自に敵の占領地域へ展開し、パレア公国に居座る敵戦力を撃破。現地を皇国軍の支配から解放する」


 駒が取り払われ、一同は真剣な眼差しで作戦内容を理解する。とここで中谷は僅かに口角を吊り上げる。


「…と、ここまでが相手の知る事になるだろう作戦だ。ここからが本題だ。こうして私達が注意を引いている間に、即席の訓練を施した大東洋連合艦隊と第2水上戦群、そして米・台湾連合艦隊がサラニア諸島へ強襲し、現地の皇国軍を排除。サラニア王国を解放する」


 そう言いつつ、四つの駒がサラニア諸島の位置まで移動してくる。その駒には四つの国の国旗が描かれている。


「サラニア王国から西のイストレシア大陸までは、直線距離で僅か2000キロメートル程度であり、空自の戦術輸送機で十分に届く距離にある。JTF『季長』には新たに第一空挺団が加わり、近々行われるローレシア本国攻撃作戦が予定されている」


 中谷の言葉に、おおっというざわめきが響く。中谷はざわめきが消えてから、口を開く。


「…知っての通り、我が国は大東洋諸国より資源を輸入して生き長らえている。ミズホやピルジア、そしてクロド…だが、グアムや済州島、ミクロネシアは自給率が低い。彼らの抱える資源不足を解消するためには、イストレシア大陸の資源も必要となる」


 1億5000万という膨大な人口を養いつつ、経済市場を拡大させるためには、イストレシア大陸という手付かずの大地が必要となる。政府はこの時点で、戦後にどの様な形で東方大陸圏に存在感を示すのか、具体的なビジョンを立てていた。


「政府は、法的にはローレシアと対等な関係となる。だが経済面では我が国の支配に置かれる事となるだろう。今更植民地支配なんて流行らんが、弱肉強食の理は国家でも適用される節理だ。彼の国には我が国とその周辺国がまともに生き延びるための礎になってもらおう」


 そう語る中谷の表情は硬い。国家のやり方として時代錯誤なのを自覚しつつ、勝たねばならないのだ。果たして自分達の決断と行動が正しいものだったのかは、国家として生き残った未来に分かる事だろう。


 この翌日、第1水上戦群はタガを出航。その様子はロイター逓信社によって報道され、ローレシア皇国軍は戦線となる地域にて警戒を厳と成した。


・・・


皇国暦129年12月8日 パレア島近海上空


 青い海の上、高度2000メートル上空を5隻の巨大な飛行船が飛ぶ。その巨大な船体下部からは碧鱗竜が発進し、同時に同数の碧鱗竜が船体後部のハッチへ降り立つ事で、常時8騎が飛行船の周囲に展開していた。


 飛空船はローレシア皇国の支配圏内にて、主に航空物流や旅客需要を担う乗り物であり、民間用では400名の乗客を乗せて運航しているものが多い。特に大陸間旅行手段では水上船舶に比して不法入国のリスクが低く、海魔に襲撃されるリスクが無い事から富裕層より重宝されている。


 そして軍用型では、艦載騎として20騎の碧鱗竜を搭載可能な空中竜母として建造されており、ローレシア皇国軍では制空や爆撃などの運用がされている。本国から遠く離れた属領にて反乱が起きた際、港湾に停泊している海軍の戦列艦が反乱軍に鹵獲されている可能性が高いため、それらを上空から一方的に撃破するのが飛空船で構成された空中艦隊の任務だった。


 故に、配備拠点はイストレシア大陸に集約されており、建造・運用コストの高さから建造数は150隻と水上艦に比して少ない。それでも皇国軍飛竜騎兵団の戦略プラットフォームとしての価値は高く、大東洋諸国からは文明と国力の隔絶とした差の象徴として恐れられていた。


「警戒を解くなよ、いつニホンの連中が仕掛けてくるか分からないんだからな」


 空中竜母「ミルム」の艦橋にて、艦長は乗組員にそう声をかける。ニホン軍艦隊がミズホを発って11日、その行方は知れず、皇国軍上層部は小島の如き巨体を誇る鋼鉄の群れが如何なる場所にいるのか、不安に苛まれていた。故に飛空船を前線配備し、空中哨戒に当たらせているのだ。さらにパレア島には碧鱗竜120騎が防空戦力として配備されており、洋上も60隻の軍艦で警戒。調子に乗った大東洋の国々の侵攻程度なら十分に跳ね返せるだろう。


「諸君、我々には空中の機動力というアドバンテージがある。如何にニホンの軍艦の機動力が良かろうと、瞬く間に相手の真上を位置取り、一方的に攻撃する事が―」


 艦長は自慢げに語り出し、乗組員の多くはやれやれとばかりに肩を竦める。とその時、爆発が艦橋を大きく揺らし、破裂音が響き渡った。


「ッ、何事か!?」


「わ、分かりま―ああっ、2番艦が被弾!碧鱗竜も空中で爆発しています…!」


 突然の出来事であり、乗員の多くが事態の子細を把握できずに床を転げ回る。そしてガラスの割れた窓の外には、幾つもの黒い影が飛び交う姿。


「ケストレル1、ボギーの全機撃墜を確認」


『了解した。次は陸地からも来る、観測役の警護は任せた』


「了解」


 10機の〈F-35B〉によって制空権を確保した後、上空にE-767〈J-WACS〉早期警戒管制機が展開。レジスタンスより得られた情報を基にパレア島の要所にマッピングしていく。そしてその情報は、沖合200キロメートルを航海する1隻の護衛艦に届けられる。


『こちらスカイウォッチャー、印は立てた。百発百中を祈願する』


「了解した。我が艦の射撃、ご照覧あれ」


 受け取ったマッピング地点に標準を向け、護衛艦「ながと」戦闘指揮所CICは即座に取るべき行動に移る。海上自衛隊9隻目のイージス艦である本艦は、イージスアショアの代案として建造されたイージスシステム搭載護衛艦であり、就役時点でトマホーク巡航ミサイルの運用能力を有する大型艦である。


 遠距離の対地目標を正確に破壊するための装備であるトマホーク巡航ミサイルは、一般からすればGPSが無ければ無用の長物に思われるだろう。だが目標との大まかな距離や位置を入手する事が出来れば、事前にプログラミングする事によって、ミサイル自身の持つ電波高度計と合わせて、ある程度正確な誘導を行う事が出来る。そしてその事前情報は、レジスタンスがもたらしてくれていた。


「諸元入力完了。攻撃準備完了しました」


「よし…撃ち方始め!」


 命令が下り、マーク41ミサイル垂直発射装置VLSより次々とトマホークが撃ち出される。その数は8発。ミサイル自体の速度は時速880キロメートルと遅いが、速度350キロメートルの碧鱗竜の追撃から逃れるには十分だった。そしてその碧鱗竜のうち上空に上がっていたものは全て〈F-35B〉が撃墜している。故に相手に阻止する手段は無かった。


 その10分後、パレア島各所のローレシア軍駐留基地に幾つもの火柱が聳え立った。手始めに碧鱗竜滑走路に大きな穴が開き、次いで管制塔が崩れ落ちる。攻撃は続き、港湾部の海軍司令部や陸軍駐屯地にも着弾。軍事施設に致命的な損害が叩き込まれる。


「艦隊、前進。砲の射程内に収めた後は艦砲射撃を実施。敵戦力を徹底的に破壊せよ」


 中谷の命令が下り、艦隊はパレア島港湾部に向けて進んでいく。その間にも「いずも」では制空権を確保したのを好機とみて数機の〈F-35B〉が着艦。燃料補給の合間に主翼下にハードポイントを装着し、航空爆弾を搭載していく。そして3時間は経った頃、攻撃は再開された。


「撃ち方始め」


 「ながと」を先頭に立たせ、5隻の護衛艦は港湾より出て来ようとしていた戦列艦に向けて砲撃を開始。合計で毎分100発に上る12.7センチ砲弾の雨が降り注ぎ、次々と被弾。炎に包まれながら海底へと没していく。上空には〈F-35B〉が展開し、滑走路を潰された碧鱗竜の竜舎へ爆弾を投下。機銃掃射も合わせて地上で撃破していく。


 噂に聞けば、皇国では占領地の反乱を起こした者を飼いならした碧鱗竜の食料に転用するという処刑が行われているという。このまま生かしておけば、野生化したものが戦後の社会に大きな問題を残す事となるだろう。故にこの場で処分する必要があった。


 直接攻撃を開始して1時間が経ち、艦砲射撃に参加する3隻のもがみ型護衛艦より、数隻の複合艇が発進。十数名の武装した隊員を乗せて浜辺へと向かう。彼らは海上自衛隊特別警備隊で、これから来る陸上自衛隊第一空挺団の着陸地点を確保するのが任務だった。


 この2時間後、第一空挺団第1普通科大隊が空挺降下作戦を実施し、飛空船発着場と港湾部を制圧。パレア島を占領していたローレシア皇国軍は降伏を余儀なくされる。この事態は直ぐにローレシア本国に伝わり、大きな衝撃がもたらされる事となる。

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