第10話 サラニア解放戦①

皇国暦129年12月9日 グラン・ローレシア皇国 皇都エストクエーテ


「パレアを、解放されただと…」


 皇宮の執務室にて、皇帝アルフォンス3世は急報を受けていた。占領したばかりの地を敵に解放されてしまったのだ、恐らくニホンはロイター逓信社を介してこの戦果を誇る事だろう。


「如何致しますか、陛下!このままでは全ての属領を連中に取られてしまいます…!」


「ううむ…」


 傍に控えていた宰相が血相を青くして問いかける中、別の官僚が入室してくる。それは国務省の者だった。


「陛下、吉報です!中央世界のカルスライヒ帝国を含む国々が、ロマニシアの口添えを受けて派兵するとの事です!」


「おお…!」


「それは真か…!?」


 官僚の報告に、皇帝達は嬉々とした表情を浮かべる。あの中央世界の強大な海軍戦力が味方になってくれるのなら、これ程までに心強いものはないだろう。


 さて、ところ変わって皇国軍統帥本部の一室。カルロ・デ・ナバロ元帥は一人の軍人から報告を受けていた。


「陸軍第1鉄騎兵連隊、無事にサラニア王国へ揚陸完了しました。さらに海軍第10強襲戦隊と第3潜水艦隊、現地に展開完了したとの事です。これでいつニホンが調子に乗って攻め込んできたとしても、これを跳ね返せるでしょう」


 報告を聞き、ナバロは小さくため息をつく。確かに彼の国に対抗できる手段を用意できた事は嬉しい事ではあるが、その心情は複雑だった。


「…我が国の誇りは、極東の未開国に踏みにじられてしまった。これ程までに屈辱的な事はない。しかも中央の列強に援軍を求める始末だ。何としてでも勝たねばな…」


「は…」


・・・


西暦2030(令和12)年1月5日 ミズホ王国北西部 ヤノヘ市


 年が明けて、ミズホ王国北西部にある港湾都市ヤノヘ。その沖合には多数の鋼鉄の巨艦の隊列が浮かんでいた。


「随分と形になってきた様だな」


 艦隊旗艦を務める揚陸指揮艦「ブルーリッジ」の戦闘指揮所CICにて、艦隊司令官のレイガン中将は呟く。モニターには数十隻もの軍艦の陣容。


 今、この場に舳先を並べるのは、これより実施される戦闘に備えて編成された多国籍軍の姿。その陣容は以下の通りである。


◇海上自衛隊第2水上戦群・27隻(航空機搭載護衛艦1隻、ミサイル護衛艦4隻、汎用護衛艦8隻、多機能護衛艦6隻、輸送艦6隻、補給艦2隻)

◇アメリカ海軍第7艦隊・15隻(原子力空母1隻、ミサイル駆逐艦6隻、沿海域戦闘艦2隻、原子力潜水艦2隻、揚陸艦3隻、揚陸指揮艦1隻)

◇台湾海軍第65任務群・13隻(ミサイル駆逐艦4隻、ミサイルフリゲート6隻、揚陸艦2隻、補給艦1隻)

◇サラニア亡命政府軍艦隊・6隻(砲艦4隻、揚陸艦2隻)


「では、早速行くとするか。ナンバラ提督、準備はよろしいかな?」


『ええ、万全ですとも。では、正義の味方なるものをしに行きますか』


・・・


西暦2030(令和12)年1月16日早朝


 未だに夜の帳が上がらぬ中、4騎の碧鱗竜がサラニア諸島南部カレタ島の沖合を飛行している。哨戒とは言えども、辺り一帯は月光しかない漆黒の世界であり、当然ながら昼間に比べれば大分視界は狭まっている為、要はやらないよりはマシというレベルでしかない哨戒活動であるのだが、任務に当たっている兵士達は、真剣な眼差しで付近の監視を行っていた。


 無論、この4騎のみならず、飛空船5隻が碧鱗竜を展開しながら遊弋しており、警戒の度合いは非常に高い。まさに本気での警戒であった。


「ん〜、何だありゃ?鳥の群れ…にしちゃ速いな」


 とその時、竜騎兵の一人が、水平線の向こうから高速で接近する奇妙な飛行物体の群れを発見する。だが、夜明け前の漆黒の為にその姿を正確に視認できず、それらは次第に大きくなり、彼らにどんどん近づいていく。


「む…?」


 その時、不思議な飛行物体の翼に、紅い炎の様な光が灯った。そしてその光は白い煙を棚引かせながら、あり得ないほどの速度で此方へ近づいて来る。それは明らかに自然に発生した現象とは思えなかった。


「なんだ、アレは…」


「か、回避―」


 本能的に危機を察知した竜騎兵達は、思い思いの方向へと逃げ出す。だが時既に遅し、4つの爆発音と共に彼らの命は事切れ、文字通り肉塊へと化した彼らの骸は、海の中へと落ちて行く。別の沖合でも同様に、5隻の飛空船とその護衛騎は視界外から飛んできた誘導兵器の攻撃で過半が炎上・撃沈していた。


『メイス1よりジョージ、敵哨戒騎の撃墜を確認』


『了解。引き続き攻撃を続行せよ』


 敵航空戦力の壊滅は無線で伝えられ、各機は任務を遂行するための態勢を整えていく。敵基地の内容は事前にレジスタンスや各種無人機で集められた情報を基に把握されていた。


『最優先爆撃対象上空に到達』


 敵基地上空に到着したFA-18E〈スーパーホーネット〉艦上戦闘機の眼下には、画一的に並んだ横に広い建物群があった。それは占領軍が保有する碧鱗竜が飼育されている竜舎であり、先程撃墜した4騎の竜を除く全ての竜がここに保管されていた。ヘルメットの暗視モードを付けていたパイロット達は、その標的を暗闇に惑わされることなく確認する。


 幾つかの機は統合直接攻撃弾LJDAMの仕様に改造されたマーク82・500ポンド227キログラム航空爆弾を搭載しており、それら爆撃担当機が搭載するAN/AAQ-33目標指示ポッドは、地上に整然と並ぶ竜舎を目標として捉えていた。地上の滑走路では哨戒騎との連絡が途絶えたのを不審に思ってか、碧鱗竜が次々と離陸しているのも見えた。


『全機、爆弾投下!』


『了解、爆撃開始。3、2、1…爆弾投下Boms away!』


 第27戦闘攻撃飛行隊の隊長機を駆るリチャード・マクガイア少尉の号令と共に、誘導爆弾が皇国軍基地に降り注ぐ。突如として鳴り響いた轟音、それに続いて基地のあちこちに花開いた無数の爆発、突然の奇襲攻撃に見舞われた皇国軍占領軍基地では、あちこちで混乱が起こっていた。


「て、敵襲!敵襲!」


「竜舎が被弾した!爆撃だ!」


「おい、大丈夫か…ちくしょう、弟がやられた!治療してくれ、頼む!」


 突然の奇襲に対して兵士達は驚愕し、戸惑う。しかしサラニア諸島を巡る争いは、始まったばかりだった。


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迷彩色の武士団~日本国異世界奇譚~ 広瀬妟子 @hm80

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