画家・中条五羽

 甚平姿の男に関しての特定は容易である。

 この絵を描いた画家、中条五羽なかじょうごわ――あるいは本人をモデルにして描かれた人物であろうと推測できた。多少、乱暴な理屈ではあるが、本人が使っていた写真とうり二つの服装をしており、周囲には似た格好をしている人物はいなかったところからして、確定と言っても差し支えがないだろう。

 なぜ、推測、などという曖昧な語を使うかと言えば、既に中条五羽本人が鬼籍に入っているためである。享年三十。あまりにも、などと言ってしまえばやや大袈裟ではあるが、それなりに若い死だった。頻繁に個展なども開いていて、また年齢に似合わない巨匠じみた傲慢な振舞いもあってか、ファンもそれなりにいた。こうしたところからしても、前途ある若者の命が絶たれたという評価はさほど間違ってはいないだろう。彼の死はいささか奇妙なものだったのもあり、美術界隈で騒ぎにもなったが、さしあたっては置いておく。今は『永遠』の話だ。


 彼の晩年近くに描かれたこの絵に関して、中条は生前のインタビューでこんな風に語っている。

「難しいことは描いていない。ただ単に、瞬間を絵に閉じこめて永遠にしただけだ」

 この後、中条は、現実としてはさっさと過ぎ去ってしまった時のいくつかを絵を使って固定したのだと続け、こんなことは全ての絵について言えてしまう気がしないでもないがとどこか自嘲するようだったという。

 続いてインタビュアーが、この絵に描かれているものは先生の個人的な体験に基づいたものなのでしょうか、と直接尋ねたところで、蔑みに近い表情を見せ、

「先程、当たり前すぎることを言った俺が指摘するのもどうかと思うんだが、何を当たり前のことを聞いてるんだ、あんたは。経験しなければ描けない、などというナイーブなことを語るつもりは微塵もないがね、極論から言えば全ての創作は俺の体験を糧にしている。当たり前だろう。俺という人間を削りだして作っているのだから当然だ。もっと、マシな質問をしろ」

 などと頭からつま先までといった勢いでダメ出しをしたという。これにインタビュアーは謝罪をしつつも、私が個人的な体験といったのはたとえばあのように舞い上がる紅葉を見たことがあったりするのかとか、画面端にいる女性の実際のモデルがいるかどうかなどについてです、と加えて尋ねた。とりわけ、後者に関してはプライバシーの問題に抵触しそうであったが、中条としてはさほど悪感情はなかったのか、最初からそう聞けばいいんだ、と応じた。

「前者に関しては、なんとも言えないな。俺が覚えてないだけで、そういう風景を見たことがあったのを、無意識に参考にしていたのかもしれない。ただ、この絵を描こうと思った段階での認識としては、頭に浮かんだものを形にした、というのが正しいだろうな。そして、君がやたらと気にしている女のモデルだが……いるよ」

 ただ、個人名までは明かせないがね。知りたいのはそっちだろう、というような侮りの視線をインタビュアーは感じたと言う。インタビュアー自身は馬鹿にされたのを快く思わなかったらしいが、一応、美術雑誌の取材で来た手前、先に無礼を働いたのは自分だという意識があったのもあり、そうですか、と短く答えるに留め、この永遠にどんな想いを込めたのですか、と尋ねた。

「想い……か。そんな大層な物はない。あるのは美に準ずる心のみ――などと格好つけたいところではあるが」

 皮肉気に笑ったあと、

「もっと俗っぽい理由だよ。それこそ、あんたと同じくらい、いやそれ以上に下世話な理由かもしれないな」

 そう言って、彼は壁に掛けてあった『永遠』の右側にいる女性をどこか優し気な目で眺めた。

 

 以上が彼の死の実に三日ほど前のインタビューでの一幕である。

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