桔梗荘

 村に入った途端、あたしと渡垣は村人の好奇の視線に晒された。

 通りがかる老女や中年男性に、あからさまによそ者扱いされている(実際にその通りなのだけど)のに、ほんの少しだけ心がざわついたものの、隣の金髪の女性が取り立てて気にした様子もなくに、こんにちはぁ、なんて挨拶してるのに、多少勇気づけられて、あたしもまた同じようにか細い声で応じた。

「なんか、普段より元気なくない」

 周りに人がいなくなったのを見計らってか、渡垣が耳打ちしてくる。

「ちょっと気まずくて」

「なんで?」

「なんでと聞かれると、なにがどうってわけじゃないんですけど。なんか、落ち着かなくて」

「どっしり構えていればいいじゃん」

 金髪の女は気負うことなくそう告げたあと、

「そもそも、ウチに話を聞きにきた時なんて、堂々としてたんだから、今更でしょ」

 これからが本番なんだから胸を張りなよ。付け加えたあと、軽く肩を叩いてみせる。

 言われてみれば、中条五羽に近しい人間に話を聞きにいった時、緊張や居づらさなどはほとんど感じなかった。強い力に引っ張られるみたいにして手当たり次第に、知りたいという欲望にしたがい、連絡を取っていった。そして、これからしようとしていることも、本質的には変わりないのだと。

 そう気持ちを新たにし、目的地への新たな一歩を踏み出す。


 渡垣みらんの証言によれば、中条五羽は『永遠』を描きはじめる数日前まで姿を消していた。詳しい日取りは、昨年の秋頃という以外は曖昧だった(渡垣も中条も仕事の予定以外はマメに記録を付けていなかったらしい)ため、わからないままだったが、もしも、目的地がこの村だったとするならばという前提に基づけば、おそらく、どこかしらの宿泊所は使っているだろう、と当たりを付けた。そして、村内に外の人間が止まることができるのは、桔梗荘という名の一軒の民宿のみである。……これでもしも、古くからの知り合いの家に泊めてもらっていたり、全く別の場所への旅行だったとなれば、一から調べ直さなければならなかったが、

「はい。奥様のおっしゃる通り、中条様はこの桔梗荘に一週間ほど宿泊されました」

 渡垣が(実質的にはそうだったとはいえ)中条の妻を名乗って、民宿の女将に聞きだしたことによって、あっさりとここに泊まったと割れた。

 古めかしい民宿の内装は、木目調で意外と広々としていて、見たかぎりだと隅まで掃除が行き届いていた。おそらく、どことなくふくよかな中年女将の努力の陰がちらほらうかがえたけど、そういう時期なのかはたまた普段からそうなのか、人の気配はなく閑散としている。

「お恥ずかしながら、年々、お泊りになるお客様は減っていまして……」

 あたしの心の内を敏感に察したらしく、女将は寂し気に笑う。どう答えていいかわからないあたしはついつい、すみません、と頭を下げたが、中年女性は、かまいませんよ、と手をひらひらとさせた。

「だからこそ、五羽く……中条様が長く泊まってくれると決まった時は、嬉しくなったものです」

 五羽君、と言いかけたのだろうと察する。おそらくこの女性もまた中条五羽の古くからの知り合いなのだろう、と。

「宿泊の目的とか、言ってましたか?」

 渡垣が身を乗り出し気味に尋ねる。どうにも、村にやってくる前後辺りから、主導権が金髪の女性に握られてしまっている気がした。ここら辺は、元から積極性の差なのだろうか、と思っているあたしの横で、女将は、どうだったでしょう、と首を捻る。

「わたくしとの世間話では、たまには里帰りでもしようかと思って、と言っていた気がします。ただ、奥様とそのお連れ様はどこまで知っているかわかりませんが、中条様にとってのこの村の思い出というのいいものばかりというわけではありませんから」

 おそらく、行方不明事件前後の騒動のことを言っているのだろう。そして、どこまで話していいのか決めあぐねているのだとも。

「お気遣いがありがとうございます。夫から一通り話は聞いていますので、気にせずお話していただければ」

 さらりと嘘(実際は中条夫妻からあたしが聞いた話を又聞きした)を交えつつも、自信満々な渡垣に、女将も隠す必要がないと察したのか、そういうことであるのならば、と息を吐きだした。

「里帰り、と言いつつも中条様はもっと別のことを考えていた気がします。宿にいたのも食事と風呂、就寝のタイミングくらいで、後は散策に費やしていました。察するに、なにかを探していたように思えます」

「そのなにかに心当たりは、ありますか?」

「いえ。わたくしにはなんとも」

 渡垣の問いかけに首を横に振る女将。金髪の女は、そうですか、と応じつつも、その二つの眼を確信で深めつつあった。あたしも、なんとはなしに中条の探し物がなんであったのかを、察しつつあった。

 『永遠』のイメージの源泉になったもの。おそらく、絵の端にいる女。それ自体を探していたのではないのかと。

「じゃあ、なんですけど」

 やはり同じ考えだったのだろう。渡垣は鞄から縮小コピーした『永遠』を印刷した紙を取り出した。

「この絵の景色、もしくは映っている女性に心当たりがありませんか」

 途端に女将は目は見開いたが、すぐさま、

「……いいえ。助けになれず申し訳ありませんが」

 素っ気なく答えた。

 

 

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