村へ
最寄駅から電車を二本乗り換えたあと、バスに乗りこみ、中条五羽の生まれた村へ行く。そんな予定だったのだけど、
「いやあ、いい天気だねぇ」
なぜだか、ハンドルを握る渡垣みらんの隣に収まっていた。どうも、中条五羽の母親から、あたしが村に行くという話が伝わったらしく、あれよあれよという間に、渡垣の運転で行くという話になった。プライバシーもなにもあったもんじゃないなんて思いつつも、中条夫妻からすれば、渡垣は実質的な息子の嫁なのだから、何かと便宜を図るのも当たり前のことなのかもしれなかった。
カーステレオからは絶えずヒップホップが流れていて、自然と隣の金髪ヌードモデルの体も揺れている。事故らないでよ、と願いながら、窓の外を見た。
「渡垣さん」
「うん?」
「どうして今日、あたしに付いて来ようと思ったんですか」
正確には、運転手は渡垣なため、連れてこられているあたしこそ、付いていっているのかもしれないけど、そんなことはこの際、どうでもいい。だいたいの事情はわかれど、隣の金髪の女性の真意を知りたかった。
「ウチも色々気になってたからね」
「その色々とは」
むしろ、生前の恋人としては知りたいことなど山ほどあるだろう。その中でも、もっとも気にかけていることとはなんなのか。
「やっぱり、一番気になるのは」
言葉意味深に切った渡垣は、ちらりと横目をあたしに向けてくる。
「浮気相手の素性、かな」
低くなった声音に、背筋が冷たくなるのを感じる。どうやら、彼女にとって、あの絵は浮気の象徴であるという結論が固まっているらしい。
「いないかもしれませんよ」
「その時はその時だよ。また、機会が来るまで待てばいい。でも」
みつけられるんだったらみつけだしたいんだよね。どことなく力強さを感じさせる渡垣に、自然と唾を飲みこんでしまう。
「みつけて、どうするんですか?」
「そうだなぁ~、八つ裂き、とか?」
一瞬、車内に落ちた沈黙は、キレのいいリリックによって遮られる。ほんの少しだけ、嫌な間を繋いでくれた異文化の音楽に感謝した。
「冗談だよ冗談。さすがにそんな犯罪まがいのことしないって」
一転してカラカラ笑う女。けれど、横から見える目はちっとも笑っていない。
「こっちからも聞いていい」
「なんですか?」
「君はなんで、村に行くの」
当然向けられる疑問ではあった。それでいて、心臓に刃物を突きつけられているみたいな危機感が湧きあがる。
「もちろん、事情は理解している。
そこまでする理由って、なんなのかなって。楽し気な声音はそれでいて、中途半端な答えを許さない険しさを備えているように聞こえた。
「あの事件があって、ある程度落ち着いたあと、頭に浮かんできたのは、あの人はどんな人だったんだ、っていう疑問です。だから、家から近いところで、あの人の絵が見られる美術館とかを探したんですよね。それでちょうどあの『永遠』に行き当たった」
衝撃だった。真面目に絵を見たことなどほとんどなかったあたしにとって、描かれていた、風で舞い上がる紅葉に目を奪われた。ある種の一目ぼれだったかもしれない。
「あの『永遠』っていう題の一枚に、最初は綺麗だって以上の感想を持ってなかったんですけど、じっくり見ているうちに、なぜこういう絵なんだろう、って不思議に思ったんです。素人のあたしには絵画のイロハなんてよくわからないし、意味なんかないかもしれない。けれど、あの人の考えていることの端っこでも理解できれば、この絵がなんなのかっていう疑問が決着するんじゃないかって。そう思って、今日まで自分なりに頑張ってきました」
一気に喋りすぎたせいか、頭に上手く酸素が回っていない気がした。
「そっか」
渡垣は噛み締めるように言ったあと、
「ウチにとっては忌々しい絵だけど、君なりに納得できるといいね」
ウチは好きじゃないけど。重ねて繰り返す金髪の女性の言葉に、苦笑いで応じる。その一方で、頭の中には、あの日にさして意味のない話をして別れた甚平を着た男の姿が浮かんでいた。
あの人のことを、もっと知りたい。より直接的な動機であることを、ハンドルを握りながら鼻歌を口ずさんでいる女性に知られるのはあまり良くないだろう。否、もっと本音の部分で知られたくなかった。理由はわからない。そういうことに、しておきたい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます