広い運動場、苔の生えたゴール、錆びた雲梯、埋まったタイヤ、大量の木材

 それから渡垣の提案で別行動をすることになった。

「別のところを調べて、後で話し合った方が効率がいいっしょ」

 その意見は、たしかに理に適っていたものの、流れであたしが村を散策することになり、金髪の女はもう少し民宿で調べ物をするというかたちにまとまったのは、少々解せなかった。

 ただ単に一休みしたかっただけでは、みたいな疑いを持ちかけたけど、ここまで運転してくれたうえに、女将さんから色々と聞き出してくれたのは渡垣だったから、ここで先に休憩をとるのは、当然の権利だろうな、と思い直し、外に出た。


 村は、四方を森に覆われた山に囲まれているのもあってか、閉鎖的な印象が先だった。ここから辺は、村に入ったばかりの時から今にいたるまで、通りがかる人々の視線にどことなく責めるみたいなニュアンスを感じているのも、余計にそんな印象が際立っているのかもしれなかった。

 なにはともあれ話を聞かなくては、と通りがかる老人などに、すみません、と声をかけてみるものの、皆が皆、足早に去っていく。中には舌打ちをして去っていく老女なんかもいる始末。

 畑の脇にしつらえられた畦道を歩きながら、どうしたものかと天を仰ぐ。薄曇りの空は、前途の暗さを示しているみたいだった。

 どのみち、今のままでは村人から話を聞くのが難しいということであれば、他の切り口を試してみる必要があるかもしれない。だとすれば、探すべきは。

 頭に浮かんだのは『永遠』の舞い上がる紅葉。あの絵の背景は夕方と思しき薄いオレンジが広がるばかりで、場所を示す情報は少ない。単純に考えれば、開けた場所で舞い上がる色とりどりの葉を挟んで若い男女が向かい合っている構図そのものを描いたとなるのだろうけど、生前の中条五羽のインタビューを信じるのであれば、『過ぎ去ってしまった時のいくつかを絵を使って固定した』と言っているところからするに、おそらく現実にあったそのものを写しとったわけではなさそうだった。仮に過去の現実であったとしても、いくつかの現実を繋げたものになるはずだ。

 ならば探すべきは、開けた場所と絵の中の女のモデルになるわけか。そう見当をつけつつも、なかなか難しいのでは、目が眩みそうになる。どちらにしろ、やるしかない、と腹を決め、再び散策を開始した。


 開けた場所の候補は存外、早めに絞れた。村の中心にある、だだっ広い運動場。おそらく、ここだろう。ただ、なにもない場所というわけでもない。

 その端っこには苔が生えたサッカーのゴールや錆びた雲梯、地面に埋まったタイヤなどが残っており、そこから直線距離百メートルほど離れたところに元々建物だったと思しき木材が置きっぱなしになっていた。

 学校だったのだろうか? 残った施設からそんな推測を立てた。とはいえ、ここが朽ち果てているのであればどこかしらに似た機能を備えた建物があるはずなのにもかかわらず、ここまでの散策では発見できていない。だとすれば、この村の子供はどこで勉強をしているんだろうか? そんな疑問を持ちつつ、タイヤに座りこんだ。

 さしあたって他に手がかりもないため、夕方まで時間を潰そうと決める。絵の中と似たような景色が見えるのかどうか検証する必要があるだろう。そういう建前はあったけど、実のところ、早くも村の中で過ごすのに気疲れをおぼえはじめていた。

 渡垣は長めの休みを入れたと車内で自慢げに言っていたし、あたしとしても大学の講義をいくつかサボってしまうかたちになるのが気にかかってはいるものの、スケジュール的に極端な無理が出ているわけではない。ただ、比較的安くはあるものの、宿泊費もけっこうな額である。正直にいえば、同行した金髪の女性の援助を求めるのも可能かもしれないものの、そこまで甘えるわけにはいかない。だとすれば、数日内に手がかりを掴みたいところではあったけど、漠然とした探し物であるゆえに、そう簡単に片付く話でもないだろう。

 もしも、有力な手掛かりを得られなかったら……あたしはどうするんだろう? お金が溜まっては村を訪れて調査をする? それでもみつからなかったら? もうすぐ、就活も始まるのに。体よく就職した後もこんなことを続けるの? いつまで、執着するの?

 次から次へと出てくる疑問に、頭が痛くなってくる。考えたくないことや考えなくてもいいことも溢れてきて、どうすればいいのかわからなくなって。

「おい。ここで、なにしとる」

 知らない男の声。思考を打ち切って顔をあげれば、若い無精ひげを生やした男性が胡乱げにこっちを見ている。

「すみません。歩き疲れて休んでたんです」

 瞬間的に言い訳を口にしたあと、もしかして入っちゃいけませんでしたか、と尋ね返す。男は面倒くさげな顔をしたあと、

「別にそういうわけじゃないが、お前さん、外から来たやつだろ。こんななにもないとこにいても、つまらんのじゃないのか」

 吐き捨てるように口にする。

 会話が成立している。初めて、女将以外の村人と言葉を交わし合えて、ほんの少しだけほっとした。

「そういうのも含めて見て回っていると言いますか。ここは元々、小学校かなにかがあったんですか?」

「まあな。ただ、必要がなくなったから放置されとる」

「必要がなくなった?」

 そこまで口にして、今まですれ違った人間たちの年齢層を思い出す。そういえば、子供を一人も見ていないような。だとすれば――

 男は、あんたわかりやすいな、と苦笑いをしてから、

「お察しの通り、この村には年頃の子供がおらんのだよ」

 皮肉気に口にした。

 悪いことを言ってしまったと後悔したものの、男はすぐさま、気に病まんでいい、とフォローを入れてくる。

「おれらも、もう覚悟はできとるしな。それに、子を産める年頃のやつらも辛うじて残っているから終わると決まったわけでもない」

「そう、なんですか」

 実情はわからないけど、深く突っ込まない方がいいと判断する。ならば、あたしは自分の仕事に徹するべきだ。

「あらためまして、お尋ねしたいことがあるのですが」

「なんじゃ。かしこまってからに」

「中条五羽さんを、ご存じでしょうか?」

 途端に男の顔色が険しくなる。

「お前さん、マスコミかなにかか? だったら、さっさと」

「マスコミではないですけど、知りたいことがあって来ました」

 強面の男に睨まれるのは、正直怖かったけど、なんでもないように振舞いつつ、先程渡垣が女将に見せたのと同じ、『永遠』の縮小コピーを取りだす。

「この絵に映っている景色、もしくは女性に心当たりはありますか」

 男はどことなく疑い深く写真を手にとったあと、目を細めたあと辺りを見回してから、そういうことか、と小さく呟く。

「仮におれがなにか知っているとして、それを知って、お前さんはどうする」

 どうやら、心当たりがあるらしい。そう察したあたしは、

「この絵がどんな気持ちで描かれたのか。あたしが知りたいのはただそれだけです」

 今の気持ちを、できるだけ正直に伝えた。

 男はしばらく、黙っていたけど、ゆっくりと

「付いてこい」

 低く呟いた。

 

 

 


 

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