ラクガキの月
Φland
1
「月にラクガキしてやろうと思うんだ」
不敵な笑みを浮かべながら月村は言った。大学の食堂でのことだった。話を聞いていた半田は、うどんを啜る手を止めて誰にも聞かれていないか周りを見渡し確かめた。
「聞かれたから何だって言うんだ」 月村は落ち着きのない半田に向かってピシャリと言い放った。
「すまん。つい」
「そもそも誰も俺たちのことなんか気にしちゃいないだろ」
食堂は講義の合間に安く腹を膨らませたい学生でごったがえしていた。月村の指摘の通り、誰も他人に気を遣う素振りはない。皆、自分のご飯に集中するか、友人と談笑するか、そのどちらも器用にこなすかしていた。食事しながら話すせいで、ボロボロと口から食べ物が溢れている学生が目に入り、半田は一度箸を置いた。
「飯奢るっていうからついてきてみては」半田は言った。「本気で言ってる?冗談ならマトモに取り合うのが馬鹿らしいんだけど」
半田の語気は月村に次の発言で嘘をつくなよ、と暗に言っているようなものだった。もとより月村は嘘をつくつもりなどなかったが、頭の中の一部はこう主張した。冗談はマトモに取り合うのが一番面白いのに!
「何ニヤけてんだよ」半田は自分がおちょくられていると思いあからさまに不快感を顕わにした。
「すまん」今度は月村が謝る。「ふざけてるわけでも、冗談を言って笑わせたいわけでもない。頭がおかしくなったわけでも…。あるかもしれないが、今は考えるのはよそう。つまり何が言いたいかというと、俺は本気だってこと。本気で月にラクガキをしてやりたいんだ。もう来る日も来る日もそのことばかり考えてる」
半田は今までの月村との付き合いから、真偽はさておき話は聞く態勢を示した。具体的にいうと、先ほどまで熱心に啜っていたうどんを端によけて、グラス一杯の水を少し口に含んで飲み込んだ。それくらいの信頼を示しても損はないはずだろ?うどんも奢ってもらっているわけだし。
「なんで?どうやって?」
当然の質問が半田の口から出てきた。それぞれ、どうしてそんなアホなことを実行しようと思ったのか、そんなアホでバカなことをどうやって実現するつもりでいるのか、という意味だろう。あるいは、どうやったらあんなにマトモだったお前がアホでバカでマヌケになれるのかその理由が知りたい、かもしれない。どちらにしても、月村がこれから話す内容にはさほど違いは生まれない。
「いちいち質問に答えていくのも悪くないけど」月村は前置きした。「順序立てて初めから話を聞くってのはどう?」
月村の提案に半田は腕時計をチラッと見た。
「午後は研究室に呼ばれてんだけどな」
「長くは取らせないさ」
「まぁ聞く価値がなけりゃ途中で退席させてもらうさ」
半田は体を背もたれに預け、口角を意識してあげた笑いを見せた。
「それでいいよ」月村の顔にも作った笑いが張り付いていた。
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