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半田の実家は東京の郊外の居を構える大企業だった。始まりは戦後間もないころ、半田の曽祖父に当たる男の手によって創設された。小さな商店からスタートしたその事業は高度経済成長の波を上手く乗りこなし、現在に至るまでその形を変えながら生きながらえてきた。
企業とは樹木である。曽祖父が掲げた理念の通り、半田グループはやがて巨大な幹となり、細かな事業へと枝分かれし、様々な果実を実らせて来た。
半田は現グループを率いる男の長男として生まれ、将来は家のために働くことを期待されていた。大学を卒業した暁には子会社の一つを任されることになるだろう。
「卒業してからじゃ遅い。今すぐ会社を手に入れろ。そんで社長になれ」月村は言った。
「簡単に言ってくれるなよ。それにうちには宇宙開発をやってる企業なんかないぞ」
半田は反論する。研究室には無事間に合ったものの、今度は新しい悩みごとを抱える予感が肌を伝っていた。
「そんな企業こっちから願い下げだ。宇宙に行きますって宣言してるようなもんじゃないか。いいか、この計画はそれが完了するまで誰にも悟られないことが重要なんだ。すべてが終わったとき、俺たちの姿はなく、月には忽然と現れたラクガキだけが残る。人々はそれ以降、月を見上げる度に俺たちの功績を称え、侮蔑する。そうでなくちゃいけない」
「一体何が目的なのか、分からなくなってきたよ」
「分からなくていい。お前はすぐにボロを出しそうだからな。とにかく会社だ。なんでもいいから手に入れてこい」
「ホントになんでもいいのか?なんの条件もなし?」半田は不安になってきていた。
「そうだな」と月村。「できれば誰も見向きしてないのがいい。ほとんど形だけしかのこってない、天下り企業みたいなやつ。お前のとこにもどうせあるだろ」
人の実家を汚職の温床のように言う月村の言い方には腹が立ったが、実際どこの企業群にも探られたくない腹はあるものだ。半田は一応は同意を避けたが、ポーズに過ぎないことは両人の知るところだった。
「探してみるよ」半田は渋々了承した。「ところで、その方法はどうするんだ?」
「方法って?」
「月に行く方法。月にラクガキする方法」半田は簡潔にそう言った。
「ああ、これから考える」
半田は愕然とした。コイツについて行ってホントに大丈夫だろうか。上手くいかなかったとしたら...。府中刑務所の高い壁が頭によぎった。
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