打ち上げ施設に必要な条件、海、砂漠、そして出来れば赤道に近いこと。赤道に近ければ、地球の自転の力を利用することができ、燃料を軽くできる。燃料が軽くなれば、機体が軽くなりさらに燃料の節約になる。そうするとさらに機体が軽くなり、燃料は節約される。それが繰り返され、ついに人類は機体と燃料なしで宇宙へと進出できるのだった。

 なんてことはあり得ないが、赤道が宇宙開発における資源であることは疑いようのない事実だ。月村が目を付けたオマーンは赤道の少し北に位置するアラビア半島に位置し、砂漠と海を有している。絶好のロケーションだと踏んだわけだ。

 月村と半田は日本で手に入れた製紙企業を宇宙開発企業に改造し、オマーンで経済界にパイプを作りながら打ち上げのための金を集め始めた。

 それと並行して新井はかつてないほど自室にこもり、月に打ち上げるロケットについて思案を巡らせては没にする作業を永遠に繰り返していた。

 新井から連絡が来たのは、月村と半田が民間の打ち上げに興味のある資産家を片っ端から当たり、疲れ果ててホテルに帰ってきたころだった。

「この方法なら月にラクガキができるぞ」興奮気味に新井は言った。

 電話をビデオ通話に切り替えると、お互いに酷い顔をした男の顔が映ったが、新井は気にする素振りすら見せず続けた。

「こいつが月にお絵描きする『バンクシー1号』だ」

 月村と半田は新井が見せてきた設計図を画面越しに見た。画質が荒く、鮮明には分からないそれは率直に言ってバラしたプラモデルのような情けない見た目をしていた。名前もさもありなんと言った感じだった。

「やっぱりロボットか」

 小さく呟いた月村の横顔を半田は多少の驚きをもってチラ見した。この男はあわよくば有人飛行で自分が月に行こうとしていたようだ。全くもって呆れた男だ。

「でも、バラバラだ」

 満を持して月村が指摘すると、待ってましたと言わんばかりに新井はニヤリと笑った。

「その通り、バラバラだ。この状態で月まで運び、向こうで組み立てる。折り紙ロボだ。これなら、明らかに月面用のロボットがエンジニアの目に触れることもない。そして、組みあがった『バンクシー1号』はイオンジェットで月面に着陸する。そして石灰岩を砕いた砂をを噴出して月面に絵を描く。月には大気がないから風もない。噴出された砂は綺麗に絵を描けるはずだ。ただ一つ問題があるとすれば、あんまり複雑な絵は描けないってことだな。移動はできないから」

「なるほどな」と半田。

「仕事を終えた『バンクシー1号』は再びイオンジェットで月面を去り、宇宙の彼方に消えるか、地球に引き寄せられ燃え尽きる。証拠は残らない」

「でも、ロケットから分離したとき、バレるんじゃない?」半田は言った。

「彼らはロケット打ち上げの実績が欲しい」月村が半田の疑問に答える。「でもその技術がない。だから、実際に打ち上げるのはほとんどが俺たちの仕事になる。騙すのは無理ない」

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