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「月に行くためにはロケットが必要。ロケットを打ち上げるには打ち上げる施設が必要。日本で打ち上げができるのは、二か所。どちらも鹿児島にある」

 半田はノートのメモを読み上げていた。月村の望みの会社を手に入れた今、計画を次の段階へ進める必要があった。こじんまりとした社長室にはイスと机以外残されていない。そのイスと机でさえ、ビニールをかぶされ埃が付かないようにされていた。

「もし、資金を集めて上手いこと民間のロケットを手に入れることができたとして、そのどちらかを使う必要がある以上、俺たちの目的はすぐに看破される。彼らが月にラクガキするのを許すはずがないからな。あと、月の環境を無闇に汚すことは条約違反に該当する可能性だってあるらしいぞ。そうなれば俺たちは逮捕。そもそも、どうやってラクガキするかも謎だ」

 半田は部屋の隅から隅を歩きながら自分に問いかけるように喋っていた。話相手である月村はガラス張りの壁の前に立ち、社員たちが働く様子を眺めていた。

「この会社の社員たちはなんのために働いているんだ?」月村は言った。「自分たちの生活のため、自己実現のため、趣味のため、家族のため、理由は色々あるだろうがその実、自分たちに仕事がプロジェクトのどの位置を担っているか、把握している者は少ない」

「ああ、成熟した社会はより専門性を増していく。自分の仕事が、企業に、社会にどんな影響を与えるか知れる者なんていない。俺たちでさえ大量消費という形で日々歯車を演じてる。それがどうした」

 半田は若干の苛立ちを隠さなかった。月村は意に介さず続ける。

「それはどの国でも同じかな」

「それは...」

「本質的には同じだ。日本という国を出れば、その傾向はより顕著になる。自分が何の仕事をしているか知らないまま、働いている者の方が多いかもしれない」

「それが今どんな関係があるんだ?」

「ロケットは日本では打ち上げない」月村は言った。「海外の、宇宙開発が進んでない国で打ち上げる」

 半田は口をあんぐりと開けたまましばらく固まってしまった。余計に無茶な計画に聞こえたのだ。

「そんなこと...」

「できる。宇宙に興味を持つ国は多い。例えば」

 月村はそこで言葉を区切り、前の社長が残していった地球儀の前に立った。それを指でぐるりと回し、ある国の所で止めた。半田は月村の側により地球儀を覗き込む。指はアラビア半島の小国、オマーンを指していた。

 月村は滔々と考えを話し始めた。

 ロケットを打ち上げるほど技術力のある国では、どう足掻いてもロケットを打ち上げるためには特定の機関に頼らざるを得ない。もちろん頼らない選択肢もあるが、技術力はそのまま監視力足りえるため、計画が露呈する可能性が高い。そこで打ち上げを海外で行う。それも宇宙開発が進んでいない国で。

「そうすれば、計画がバレずに済む可能性が高まる。エンジニアの数が少なければ、個々がなんの仕事をしているか判別できる者もそう多くないってことだ」

「だけど、そんな簡単に乗ってくるかな」

「乗る。乗せて見せるさ」月村は自信たっぷりに言った。「お前が思っている以上に、宇宙は魅力的でロマンがあるんだ」

「思ってないだろ。そんなこと」半田は突っ込んだ。

「もち」

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