時は三日前に遡る。

 月村は夜を待って街に繰り出した。ナンパをするためではない。イタズラをするためだ。なるべく闇に紛れるように黒のジャンパーと黒のデニムを選び、日差しもないのに帽子を深くかぶっていた。後になって、怪しすぎる服装だったと本人も認めたが、その瞬間はそれが最適と判断したのだ。手にはスプレー缶やプラスチックのボードやら、他にも色々つめ込んだバッグを持っている。

 監視カメラの位置を意識して確認したことがある人なら分かるように、死角を縫うのは案外容易い。カメラの向きを悟らせない作りの監視カメラもあるが、位置さえ分かれば、あと必要なのは他人の土地に侵入する勇気だけだ。

 路地を縫い、塀を飛び越えながら月村は目的地に向かった。さながら猫になった気分だった。

 ビルの立ち並ぶ都会然とした風景にぽっかり空いた穴のように、この街の中心には公園があった。それも、砂利が敷かれた平地にブランコと滑り台だけ置いてあるチャチな公園ではなく、緑化計画やら都市計画やらの産物としての半分森林の公園だ。月村の目的地はここだった。

 月村は時おり監視カメラを恐れて、歩道を外れ、森の中を進む。オーケー、ここまでは問題なし。次第に視界が開け、車のタイヤがアスファルトを切りつける音が聞こえてくる。(Get WILDの歌詞は間違っている)

 いくら緑化計画なんだっていっても、車道をなくすことなんてできない。街道に直角につながる支線は公園の東の端を横切っていた。そのため歩道は地下に潜りこみ、アンダーパスを形成している。歩行者から見れば、短いトンネルのようなものだ。そして残念なことに、トンネルがあるところには例外なくラクガキがあるのだった。

 他の不届きものと月村の違いを挙げるとすれば、彼はこそこそ隠れてラクガキなんてしない。監視カメラから隠れたのは今は言わないでください。月村はむしろ、隠れて趣味の悪いアートを残す輩を嫌悪しているほどだった。

 トンネルまで誰にも気づかれることなくたどりついた月村は早速バッグを端に放ると、中からロープを取り出した。腰には事前にクライミング用のハーネスを装着してある。彼は二週間前にボルダリング体験教室で覚えた知識を引っ張り出し、ゆっくり確実にハーネスにロープを結び付けた。

 続けてバッグからスプレ―缶とガムテープを出し、ジャンパーのポケットに押し込むと、歪な形に切り取られたプラスチックのボードを何枚も取り出した。プラスチックのボードは一枚一枚は両手に収まるほどだが、束ねると結構な厚みになった。月村はそれらをジャンパーのフードにねじ込んだ。これで下準備は完了。分かってる。完璧な計画をは言い難い。でも結果が同じなら構わないだろ?

 

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