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 月は来るものも去る者も拒まないが、地球は違う。出ていく時も、帰ってくるときも、口うるさい寮母のように色々と突っかかってくる。我々人間を生かす大気(サンキュー大気)は再突入する際、機体に牙をむく。(ファック大気)

 月村たちのロケットは幸いなことに出ていく時のことだけ考えればよい。つまり、何月何日何時何分何秒に出ていくかをを正確に申告すれば外出許可がもらえるのだ。諸々のことは新井率いるエンジニアが決めるので詳しいことは分からないが、ロケットの発射は、2024年9月18日に決まった。

 当日になれば、現場は軽いお祭りの装いだったが、月村たちは日本に戻って新井の部屋に集まっていた。

「モニターを一つ増設したんだ」自慢げに新井が言う。

 以前より少し散らかっただけの新井の部屋が、このロケットの唯一の管制塔だった。新井の前のモニターには、機体の細かな情報が見やすいインターフェースで表示してある。現代芸術のようなデザインのUIと、新井の軽い調子を見ると、半田はただゲームをしているようにしか見えないのだった。

「ロケットの管制室って現場で人が集まってやるんだと思ってた」思ったことを半田はそのまま口に出した。

「ロケットのデータは全部がデジタルだ」月村が答える。「それに俺たちのロケットはNASAやJAXAみたいな大層なものじゃない。これで十分なんだよ」

 ほんとにそれで大丈夫なのだろうか。半田の不安を他所に、打ち上げは秒読みを

始めた。現場ではそれなりに盛り上がりを見せたカウントゼロも、新井の部屋ではモニターの隅に小さく表示されただけで、大した感動は生まれなかった。

「打ち上げの瞬間をわざわざ見たところで、目視確認以上の意味はない。それより、その次の方が大事だ」後になって新井はそう言った。

 半田は結局一人で気を揉んで、一人で感動することになった。


 現場では打ち上げが終わり、さっそく祝賀会が催されている頃だろう。地球の周回軌道に乗ったロケットは予定ではそのまま、大気圏に突入して燃え尽きることになっていた。

 その機体の先端部分は誰にも知られることなく切り離され、周回軌道を脱出。一人、月への旅を開始した。

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