第4話

 七海が襲われたのはバイト終わり、帰宅する途中の道端だった。


 いつもは自転車で学校まで行き、そのままバイト先に行って、そしてまた自転車で帰宅していたけれど、その日は自転車がパンクしていたので電車で通学していた。


 歩いて行けない距離でもないので、学校から徒歩でバイト先へ行き、仕事が終わると徒歩で帰路に着いたみたいだった。

 急遽休んだ同僚の代わりに時間を延長していた七海は、二十二時まで仕事をして、それからなんだかんだで職場を出たのは二十二時半過ぎだった。


 店から家までは約二十分。順調にいけば二十三時には帰宅できる。

 しかし、彼女は二度と家に帰ることはできなかった。


 警察の話によると、店から出て十分ほどの場所で襲われたらしい。住宅街ではあるものの、昔から住んでいる高齢者が多い家々は既に灯りが消え、多くの住人は眠りに落ちていたと思われる。


 周辺住宅への聞き込みの結果、悲鳴や大きな物音を聞いたという人間はいなかったとのことだが、実際はどうなのだろう。


「恐らく悲鳴を上げることもなく亡くなったのではと思われる」みたいなことを警察は話していて、でも俺はその言葉に何もリアクションを返さなかった。


 七海は全身を二十四箇所刺されていた。

 凶器は恐らく包丁のようなものではないかとのこと。

 娘さんが恨まれているという心当たりは?

 交際相手や友人関係は?

 そんな質問を山程されたけれど、俺は一言も発しない。


 やれやれとばかりに警察は引き上げていって、捜査が進んで新情報が出てきたらまた報告しますと言い残す。


 七海の通夜は淡々と、粛々と行われた。

 俺はお悔やみを言われ、同僚達にも労いの言葉を散々もらい、物言わぬ七海の顔に大粒の涙をこぼしながら号泣している七海の同級生をただボーっと眺めていた。


 葬儀も無事に終え、焼かれていく七海の遺体を俺は想像しながらもう一週間近くまともに眠っていないことと、食事らしい食事を取っていないことを思い出す。


 相川家の墓に納骨された七海は、こうして相川七海としての生涯を僅か十七年で終えた。


 上司は「落ち着くまで休んでていい」と言ってくれた。

 幸い有給はほぼ使っていなかったのでかなりの日数が残っていたし、人手不足な職場でもなかったので、多少の申し訳無さはあったけれど、気兼ねなく俺は自宅に引き籠もることができていた。


 七海の命を奪われてあっという間に二週間が経過する。

 俺の頭の中は、常に二つの思考で満たされていた。

 一つは生前の七海との思い出。

 もう一つは自殺の方法だった。


 生きていても仕方ない。文字通り、俺は生きがいを失った。全て失ってしまった。七海は俺の全てで、俺にはもうなにも残っていない。


 それなら生きていても仕方ない。考えるまでもなく当然の帰結だった。

 しかし、何がストッパーになっていたかというと、これも当然と言えるけれど、やはり七海のことだった。


 このままでいいのだろうか。

 まだ犯人は捕まっていない。


 先日警察に捜査状況を聞くために連絡してみたが、特に進展はないとのことだった。


 特に目撃情報が皆無であることが、捜査が難航している最大の要因だったみたいだけれど、俺は「そうですか」とだけ言って電話を切る。


 俺は犯人に捕まってほしいのだろうか。

 裁判にかけられ、何年か服役して、そして晴れて社会復帰をして欲しいと思っているのだろうか。

 そんなわけがないことくらい、七海の訃報を聞いた時点で確定している。


 では、俺が望むことはなんだろう。

 俺がこれからするべきことはなんだろう。

 ――もちろん、ひとつしかない。


 俺はジャージを脱いでジーパンを履く。スウェットとジャージ以外を履くのは久々で、何だか動き難さを感じてしまう。


 シャツを着てから財布と携帯をズボンにしまい、一番気に入っているスニーカーを履く。父の日に七海がプレゼントしてくれた靴だ。

 外に出ると、ムワッとした熱気に包まれる。六月になったばかりとは思えないほどのだるような暑さを体感しながら日差しの中を歩き出した。

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