第6話
翌日、顔を洗ってから朝食を取って、さて今日はどこを当たろうかと考えていると、インターホンが鳴る。
恐らく刑事が進捗報告にでも来たんだろうなとモニターを見ると、そこには見知った少女が立っていた。
「あの、朝早くからすみません」
玄関ドアを開けた俺に、そう言ってぎこちなく頭を下げたその子は
「お線香、あげてもいいですか……?」
断る理由なんてひとつもないので「もちろん」と手招きして部屋に入れる。
彼女は遠慮がちに俺の後ろを着いてきて、七海の遺影を見るや薄っすらと涙を浮かべる。
線香に火を点け、顔の前で両手を合わせて目を閉じる。
心の中でなにを語りかけているのかはわからないけれど、彼女は七海と中学からの付き合いだったので、積もる話もあるんだろう。
俺はそっとその場を離れ、お茶の準備をしながらジュースの方がいいんだろうかと冷蔵庫を探るけれど、ジュースどころか食べ物すら満足に入っていない。そりゃそうだよな。ここのところ、まともな生活なんて送ってないんだから。
とりあえず緑茶でいいか。ポットから急須にお湯を注いでいると咲良ちゃんのすすり泣くような声が聞こえ、俺は彼女の元へと向かう。
「ごめんなさい」と涙を拭う咲良ちゃんに「謝ることなんてないよ」と俺は言う。謝ることなんてない。自分の娘を想っての涙を責める奴なんていないし、俺はむしろ彼女が羨ましかった。
俺は七海が死んでから一滴足りとも涙を流していない。
泣くということができずにいる。
それも、この苦しさの原因のひとつなのかもしれないなと思う。
「七海、凄くいい子でした」
言われるまでもなく、誰よりも知ってるよ。
「面倒見も良かったし、みんなに好かれてました」
七海が誰かに嫌われる様子なんて想像がつかないし、俺は七海がいつも誰かの笑顔の隣にいる姿しか見たことがない。
「だから、なんで……こんな……」
涙を太腿に垂らしながら悔しそうに俯く咲良ちゃんを見て、俺は嬉しくも感じる。
こんなにも強く七海を愛してくれた人間がいたことが、俺は嬉しい。親として誇らしい。たとえ能力が低くても、勉強や仕事ができなくても、他人に求められる人間であることだけで素晴らしいことなのだ。
「七海も悔しかったと思うよ。でも、こうやって咲良ちゃんが来てくれて喜んでると思う」
十七歳のこの少女は、もしかしたらこれが人生で初めての、耐え難いほどの辛い出来事なのかもしれない。近しい人の死は誰しもが経験することで、それは避けられないものでもあるが、とはいえこんなにも惨い経験はするべきではないはずで、親友とも呼べる存在が滅多刺しにして殺されるという現実をどう受け止めていいのかわかるはずなんてないんだよな。
咲良ちゃんが泣き終わるまで俺は黙って七海の遺影を眺めていた。
友達の泣くところなんて見たくないよな。自分のために悲しんでくれることは嬉しいことだけど、でも悲しませたくなんてないよな。特に七海はそういう人間だ。だからこそ、周囲を笑顔にすることができていたんだから。
「七海、バイト先で結構ストレス感じてたみたいで、もっと話、聞いてあげてればなって」
今更ですけどねと無理に下手な笑顔を作ろうとする咲良ちゃんに、俺は前のめりになり「どういうこと?」と問う。
「え? あ、ストレスの話ですか? えっと、なんか言い寄られてるみたいなこと言ってて、何回も断ってるんだけど、結構しつこいみたいな……」
「それって相手の名前は分かる?」
「名前はわかんないですけど……」と前置きした咲良ちゃんはしかし、明確に相手を特定できる情報をくれる。
「店長だったみたいです」
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