第5話

 何から始めるべきだろう。素人探偵でもあるまいし、現場に足を運んだところで手がかりを見つけられるとは思えない。警察だってそこまで無能じゃないだろう。俺程度が見つけられるものを見落としているとは到底考えられない。


 聞き込みをしようにも、被害者の父を名乗ったところで素直に応じてくれるとは思えないし、まして犯人に繋がる情報をいきなり得ることができるわけもないだろう。

 七海が小さい頃よく遊んでいた公園のベンチに座り、最初に取る行動を決める。


 そうだ、まずは七海のバイト先に行ってみよう。

 当日の様子を知ればなにかしらヒントを得ることができるかもしれない。


 犯人が通り魔的な人間だったら手がかりになる情報を得ることは難しいだろうけれど、もしも顔見知りの犯行であるならば、七海の行動範囲である学校とバイト先をあたることで犯人に近づけるかもしれない。


 七海の友人に七海の交友関係を訊きたいと思ったけれど、俺はその子達の名前や顔は何人か知っているものの、当然連絡先なんて知らない。


 七海のスマホも恐らく犯人によって持ち去られていて紛失しているので、電話帳やらも確認することはできない。なんらかの方法で復元はできるのかも知れないけれど、スマホも復元の知識も俺の手元にない以上どうすることもできない。


 なので、どちらにせよまずはバイト先に行く以外に取れる行動もないし、とにかく動いてから考えようと、パンクを直した七海の自転車に乗り俺はカフェへと向かった。


 店に着くと、二十歳くらいの若い男がいらっしゃいませと声をかけてくる。

 相川の父ですと伝えると、やや気まずそうな顔をして「なにか……?」と要件を尋ねてくる。


「娘が最後に働いていた日に出勤されていたスタッフさんはいらっしゃいますか?」

「あー……ちょっとお待ち下さい」


 そう言ってシフト表を確認してくれる。


「えっと、その日にいて、今日も出勤してるのは……店長ですね」

「それじゃあ店長さんと少し話したいことがあるのでお伝えして頂けますか?」

「あ、はい。お待ち下さい」


 スタッフルームに消えていった彼は、十秒もしない内に戻ってくる。


「どうぞ」と俺を促し、先程出入りしていた部屋へと通す。

「あ、どうも。私が店長の夢川ゆめかわです。……お通夜の時にお会いしましたっけ」


 見た感じ三十歳くらいの夢川店長はあたかも接客業慣れしている感じの笑顔を俺に向け、椅子に座るようにと手振りで促す。


「すみません、お仕事中に。少しだけお話を伺いたくて……」


 彼は大袈裟な動作で深くこうべを垂れ、「もちろんです」と手のひらを差し出し、「お答えできることなら何でもどうぞ」と同情しているような表情を作る。


「それではお言葉に甘えて。当日のことなんですけど――あ、当日というのは、娘が殺害された当日の……」


 七海の死に顔を思い出すと、悲しみが溢れてきて涙腺を刺激してしまうが、今は同時に憤怒の感情も沸き起こっているので、涙を溢れさせることはない。


「そうですね。いつもと変わらない様子でした。急遽変わってもらったんですよ。一人出勤できなくなった子がいまして」


 既に警察に何度も話した内容であろうけれど、彼は嫌な顔ひとつせずに俺にも詳細を伝える。


「その日は相川さん――ええと、七海さん、二十時までだったんですけど、二時間伸びてくれるってことだったので、お願いしたんですよね。で、いつも通りに仕事をこなして、確か二十二時半頃にここを出たんだと思います。タイムカードは二十二時五分に切られてましたね。そこから着替えて、来月のシフトの休みを提出したりとかなにかされてたみたいです」

「……そうですか」


 来月の休み希望を出したということは、当然来月も働くつもりだったということで、彼女の死は不慮の出来事であることは間違いなくなった。

 もちろん、仮に殺されるような心当たりがあろうとも普段の生活は続けるしかないから、シフトに関してもいつも通りに対応するだろうけれど。


「警察の方にもお話したんですけど、ほんとにいつも通りで。……あ、でも」


 何かを思い出したかのように言い淀んだ夢川店長に「なんですか?」とやや食い気味で俺は訊く。


「いや……ほんとに些細なことだし、私の気のせいかも知れないんですけどね――七海さん、少しだけ表情が暗かったというか、スマホを見ながら溜息吐いてたんですよね。あ、もちろんこれも警察には伝えてあります」


 暗い表情でスマホを見ていた……。ということは、何かしら脅迫でも受けていたのだろうか。それとも友達と喧嘩でもしていたのだろうか。

 俺とは喧嘩どころか言い争いやすれ違いみたいなこともなかったし、当日の朝もいつも通りたわいもない話をして笑い合っていた。


 それではやはり、知人の中に犯人がいる可能性がいよいよ高まってきたということだろうか。

 犯人が七海のスマホを持ち去ったのも、何かしらの痕跡が残っていると考えれば理解できる。


「いやでも、あくまでも私の感覚なので、確かなことは言えないんですけど」

「いや、大丈夫です。ありがとうございます」

「はあ。いやでも、どうしてお父さん自ら……その、事情聴取みたいなことを?」

「いや、なんか、いても立ってもいられずというか……少しでも何か捜査の役に立つことができればと思いまして」


 そんな曖昧なことを言いながら、その後も十分ほど話をしてからその場を辞した。


 特に有益な情報は出てこなかったけれど、とはいえ、知り合いの中に犯人がいるのではという根拠は手に入れることができたのは僥倖ぎょうこうとしよう。


 当然警察もその線で捜査をしているのだろうし、ならばどちらが先に犯人に辿り着くか――。


 ……普通に考えて、警察が犯人を捕まえるのが先だろう。

 なぜド素人の俺が警察より先んじて犯人に辿り着けると言うのか。

 しかし、全くの無駄ではないと思う。


 店長には警察のフォローがしたいみたいな出任せを言ってしまったけれど、あながち全くの適当というわけでもない。

 今はまず、『犯人逮捕』よりも『犯人特定』が最優先事項なのだから。

 警察は、犯人がわかってもすぐにはこちらに連絡をしてこないかもしれない。逮捕してから――身柄を拘束してからの事後報告になるだろう。


 指名手配でもするつもりなら別だろうが、特定してすぐに被害者遺族に伝えてしまったら、私刑に走る可能性だってあるし、流石にそこまで浅はかな組織ではないだろう。


 恐らくだが、今頃全ての知人を当たっているのではないだろうか。

 七海は友人が多かったし、彼女の遊び友達は高校の同級生だけではない。クラスメイトはもちろん、先輩にも好かれていたし、後輩からも慕われていた。中学の頃からの友人も、中学は別々になってしまった小学校時代の友人だっている。


 流石に三桁まではいかないにしても、どこまで捜査の手を広げるかで、かかる時間もだいぶ変わるだろう。


 それと、俺の知らない関係性だってあるかもしれない。

 いくら仲の良い親子と言えども、全てを詳らかにしているわけでもないだろうし、秘密のひとつやふたつ当然あるはずだ。


 それらも加味すると、やはり俺が独力で犯人を吊るし上げるなんて不可能に近いことで、無駄な努力に終わる可能性大である。


 だったら俺はなにをしたらいいんだ。

 なにをしたら、この心臓を握り潰される感覚から解放されるんだ。

 ……答えなんて、考えるまでもなく決まってるけれど。

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