第3話

 高校生になると、七海はすぐにバイトを始める。


 家と学校のちょうど真ん中ら辺にあって通い易いからというのが唯一の理由であったらしいけれど、カフェという場所は雰囲気的にも七海にマッチしている気がするし、「無理しない程度にな」と忠告しながら履歴書の保護者欄に名前を書いて渡した。


 七海の働いてる姿をどうしても一目見たくて、一度だけこっそりと店に行ったことがある。


 まだ働きだして一ヶ月も経っていないにも関わらず、彼女は矢継早に出される注文を簡単に捌き、ソーサーに乗ったコーヒーカップを揺らすことなくテーブルに運ぶ。もう俺は驚きはしないし、まあ七海だからなとしか思わない。上手くやっているかを心配するどころか、またぞろ上手くやり過ぎて嫉妬の対象にでもなっていやしないかとそっちの方が気になる。


 しかし、店の従業員もみんな柔和な感じだったし、七海も楽しそうに働いているのを見て、娘が大人になった嬉しさと寂しさを同時に味わいながら苦いエスプレッソを喉に流す。


 小学生時代から勉強をおろそかにするような子ではなかったし、週に五日も出勤している彼女に俺はなにも言わない。それなのに高い成績を維持しながらバイトに勤しんでいた七海は、最初の給料で俺を外食に誘い、二回目の給料で俺にスーツをプレゼントし、三回目の給料は俺の誕生日を兼ねて、七海プロデュースの誕生日パーティとやらを二人きりで開催した。一ヶ月前から準備してくれていたらしく、ほとんどの材料を100円ショップで買ったとは思えないほどの装飾が施されていたリビングは別世界になっていて、馴染みのある自宅ではなくなっていた。


 四十六本の蝋燭を四回目に吐き出した息で漸く消し終えた俺は、「ありがとうな」と声を震わせてしまい、七海は笑う。


 こんなに手間もお金もかけて親の誕生日を祝ってくれる子供なんて世界に一人だっているだろうか。いやまあいるだろうけど、俺は七海が世界で一番親孝行をしている娘だと断言できる。


 手作りのケーキを切り分けながら、七海は「いつもありがとね」と言い、また俺を泣かす。


 子供に手玉に取られてるみたいで気恥ずかしさもあったけれど、恥ずかしいとかそんな感情はどうでも良くて、俺は紛れもない幸せという感情を噛み締めながら、この命が尽きるまで七海のためになんでもしてやると改めて誓った。



 その俺の誕生日から十一ヶ月目のある日の深夜、七海は殺される。

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