第11話
正直、逮捕は免れないと思っていたが、逮捕どころか疑いすら掛けられることはなかった。
あのあと俺は、なんとか血の痕跡を薄くして自宅に帰り、そのまま三十時間くらい寝た。
で、刑事が鳴らすインターホンの音で目を覚まし、ああいよいよ捕まってしまうのかと観念しながら応じる。
刑事は神妙な面持ちで中で話がしたいと言いい、俺はどうぞとリビングへ通す。
彼の口から語られたのは、俺への嫌疑やらアリバイ確認ではなく、夢川の自殺に関しての報告だった。
「自殺……?」
「はい。自殺です」
どうやらあのあと、夢川は自らが相川七海殺しの犯人であると警察署に出頭したらしい。そして取調室で聴取を行う最中、持っていた柄のない包丁で両目を突き刺したのだとか。脳まで到達していた刃は素早く命を刈り取り、懸命の処置虚しく夢川を救うことはできなかった。
司法解剖した結果、身体の至る所に刺し傷や暴行を受けたような跡があり、明らかに暴漢にでも襲われたような傷だったが、自殺前の彼の自供によると「街ですれ違った奴にやられた」と話したとのこと。
色々腑に落ちないところもあり、彼の自宅も捜査したのだが、自宅では特に争ったような形跡はなく、やはり供述通りにどこかで見知らぬ誰かと喧嘩にでもなったんだろうというのが今のところの警察の見解なのだと教えてくれる。
なぜあんなにもたくさんの出血を撒き散らした彼の部屋から争った形跡が見られないという結論になったのか、それに、あれだけ両足を刺しまくったのに、その足で警察署まで歩いていけるものなのかとか、いやタクシーを使っていくにしても、まずは病院に行く方が先決で、呼ぶならタクシーではなく救急車だろうという疑問もあるし、それに……自殺をするような人間ではないだろうと、たいして彼を知りもしない俺は考えてしまう。
警察以上に俺の方が腑に落ちない点があり過ぎて、もしかしたらこのあと突然「やっぱり犯人はあなたですね」だなんて言い出す恐れも多分にあるけれど、しかし俺はそんなことはあり得ないとどこかで理解している。
七海はきっと、俺の手を汚させずに、俺の復讐を遂行してくれたんだ。
そしてそれは、自分が復讐したいって気持ちよりも、俺の気持ちに配慮しての行動だったんだと思う。
刑事の労いやらお悔やみやらを上の空で聞きながら、大き過ぎる最後の親孝行を、あの世で再開した時にどうやって返せばいいのか考えると、不謹慎だがニヤニヤしてしまう。
Life of Compassion 入月純 @sindri
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