三話 体育祭 4
さあやってきたぞ、午前中の爆弾が。
俺は一発目のフライングと戸貝の障害物走でかなり目立っていた。視線が集中するのも分かる。仕方ない。仕方ないことだとは言え、視線の数に辟易する。
戸貝雪は普通だと美少女にカテゴリされる女の子だ。ファンも少なからずいただろう。刺々しい視線も俺を射抜いているが、仕方がないことなのだ。
手の中にいる彼女は、そこそこの重量があった。胸がある分、重く感じる。細身ではあるが、つくべきところに肉はついているので、非常に男ウケの良さそうな体をしている、というオッサンのような所感を覚え、俺は今日幾度目かの死にたい願望がでてきた。
隣は男子同士という盛り上がらない部分だ。睨まれもしているが、別に睨み返すほどの事でもない。ときめかないセッティングにしたお前らが悪い。ってあれ、こいつどこかでみたような……。
『さあ、注目は戸貝雪&那由多絢ペアか! 足速いですからね! しかーし、忘れちゃいけない、百メートル一位の羽田淳君と軽井沢亮君のペアも早そうだぞー! でも女の子から拒否されちゃったらしい! かなしー!』
うっせー! と隣の羽田が怒鳴っている。と思えば、こちらを睨みつけてきた。
「女子抱えてる奴には、ゼッテー負けねえ!」
「……悪いな。もう負けてやる理由がない」
「は? 陸上でオレに勝てるとでも? フライング野郎!」
俺は肩を竦め、そのまま右足を引く。
「位置について、よーい……」
スタートしたが、俺は三秒ほど動かなかった。
「ちょ、那由多くん!?」
「しっかり掴まっとけ。良い機会だ、戸貝。本気出すぞ、よく覚えとけ。救世主の本気をな」
「え? ……うわぁ!?」
急加速して羽田を追う。二百メートルだったが、キネティックに昇華した俺はあっという間に彼を追い越し、差をかなり開かせて一位を掻っ攫った。
全員が唖然としている。実況のマイクが近づいてきた。
『あ、あのー……やっぱ、最初の百メートル、加減してたの?』
「さあ? ただ、夢中だった。それでも俺が勝ったのは――幸運の女神の差かな? 他に理由がないしね」
そう言い放ち、雪の前に跪いて、いつの日かそうしたように手の甲に口を付ける。
「!」
「乱暴なエスコートでしたが、お気に召しませんでしたか?」
「……も、もう少し優しく、お願いします」
「分かったよ。さ、帰ろうか」
「わあ!?」
再びお姫様抱っこをして、俺達は応援席に戻り――
「うう、うううう……!」
俺はただシクシク泣くしかなかった。全員の注目がえぐい。
気障那由他とか雰囲気イケメンとかそんな陰口を叩かれつつ、席に戻って過去の記憶を抹消することに努めた。しかし、嫌な記憶というのは消そうとすればするほど思い浮かびあがってしまうものだ。キネティックはなってしまえば無敵なのだが、その後が辛い。
昼食を囲んでいる時もそうだったので、夜が耐えがたいと溜息を吐いた。
「あの気障な言動を繰り返していれば仕方ないでしょう。普段の絢でも勝てたのに舐めた行動をとるからです。普通に勝てばよかったじゃないですか」
「だってさぁ……フライング野郎とか因縁付けてくるし、だったらぐうの音も出ない状態でぶち抜いてやろうってさぁ……」
「それはアナタが馬鹿だからです。この気障太郎、自重しなさい。ただ、アリス様はお喜びだったようですね。このさっきの花婿は俺だを全構成員に添付していましたよ」
「おお、女神様。俺を嫌いになったのでしょうか……」
あんにゃろう。何故かミリオン中期型の連中からからかいのメッセージ来ると思ったらそういうことか。
「えー、絢兄ちゃんカッコよかったのになー! あのいきってた陸上部を粉砕! 気持ちよかったー!」
「そうっすよー! まぁおかげで、体育祭が終わったあと、陸上部からの勧誘凄そうっすけどね」
「私はとても満足です!」
ほくほくした戸貝が嬉しそうに玉子焼きを頬張るのを見て、俺は溜息を吐きながらキャラメルとチョコの味しかしない栄養バーを齧る。
「もう、せっかくお重を作ってもらったのに!」
「食ってるだろ。弁当は弁当で食べてるさ。これも食っとかないと落ち着かないんだよ」
「雪様、そのバーは絢がオーダーメイドしている万能栄養食なのです。それさえ食べていれば栄養は満ち足ります。ですが、訓告されているように、なるべく栄養は通常の食事で補えと言われているでしょう。食事の喜びを忘れないことを上役も言っているでしょう」
「別にいいだろ……。別に美味いものは美味いと思うし、食事はありがたいと思ってるぞ」
その中で、ちょっと不揃いな唐揚げを摘まむ。……味は一緒だが、これだけ変な形だった。
「戸貝が? この唐揚げ」
「少し手伝いまして。お、お口に合いましたか?」
「美味いよ。冷めてもさくさくしてていいな」
「こっちのおにぎりも私が! 素手では握ってませんので衛生面も大丈夫です!」
「そりゃ安心だ」
しっとりした海苔の少し小さなおにぎりも頬張る。中には焼き魚が入っていた。サーモンかな。
「ん、美味い」
「良かったです!」
「絢兄ちゃん、こっちのかまぼこ食べたことない味がするよ! ゴージャス!」
「ほー」
メイリンがバドワイザーを片手に見守る中、俺達は穏やかに昼食を摂取できた。
午後は夜が正確無比なコントロールで玉入れを見せ、アクロバットモリモリな障害物走を楓子が演じて大いに盛り上がり、最後の学年別リレーになる。
俺はアンカーに選ばれてしまった。全員が順当だと言っていたので、中間くらいがいいと言った俺の意見は流されてしまった。面倒が過ぎる。
トップの走者は楓子だった。超人的な足の速度で進んでいる。あっという間に、一位で夜にバトンが回った。さすがだ。
夜は透明少女のエリートだけあって、身体能力は悪くはない。普通よりは上だろう。が、銃器の扱いに長け、比較的非力な夜は、強い一般人くらいにしか身体能力がない。逆にそういう能力だからこそ、銃器の扱いを極めたと言うべきだ。先天性の超人的な視力、暗闇で物を見通す力、そして長距離射撃の当て感。総合でエリートと呼ぶにふさわしい。
そんな彼女なので、足は一般人よりちょっと早いくらいだ。目立つ部分でもない。
楓子の多量のリードも虚しく、戸貝を交えたランナーが少しずつ遅れていき、俺の手前で砂羽に渡る。こちらも瞬発力はあれど疲れやすい。とはいえ、百メートル程度だ。一人を抜き去り、俺の他に前には五人。
「絢兄ちゃん! よろしくー!」
「任せろ」
バトンが繋がる。刹那に、俺は地面を蹴った。驚異的な追い上げに観客が湧いているのを眺めつつ、あっという間に四人抜き去る。もう注目を集めてしまおう。俺に視線が向くと、他が動きやすい。後はメイリンにフォローを頼むか。
最後はまた羽田とかいうやつだったが、それもあっさりと抜いて、一位を飾る。
『これで決まりました! 優勝は赤組! しかし、二位決定戦があります! 青組負けるな! 黄色組ファイト!』
何やらごちゃごちゃとやかましい実況とかを聞き流し、俺はさっさと帰ろうと踵を返した。
「待てよ!」
声を掛けてきたのは、羽田だった。俺の方を見て、ニカッと笑っている。
「いけすかねえ気障な奴だけど、足だけは嘘は吐かねえ! その錬磨されたチーターみたいな足、どれだけ鍛えたらその領域に行くか分かんねえ! けど、次は負けねーからな!」
そう言って拳を差し出される。俺は苦笑しながら、その拳に拳を軽くぶつける。
「充分早かったよ、俺にここまで迫ってこられるの、人間的にも上位だ。誇っていいと思う」
「負けといて誇れるかよ。次は絶対抜くね! お前のおかげで、限界の向こう側が見えたんだ! 鍛え直しだぜ!」
「ま、頑張ってくれ」
「ありがとな、可能性をくれて!」
ほう。日本の学生というやつを侮っていた。普通、才能を見せつけられたら諦めるか荒れるかするもんだが……。夜の奴がそうだった。昔、俺との才能の差であれていた時期があの夜にもあった。
けど、こいつは目の前で俺のスピードを見て敵わないと認めつつ、いつか凌駕すると豪語したのだ。挙句、お礼まで。選手宣誓でほざいてたスポーツマンシップという奴が、彼には宿っているように思える。内心で感心しながら、俺は戻った。
三年のリレーが終わり、一位赤、二位黄、三位青となって閉幕。特に何事もなく、単なる催しだったようだが……俺は気疲れでそれどころじゃなかった。
何もないならないなりに、よかったよかったという気分になれるものの……無駄な気を揉んだという徒労感はまとわりつく。挙句、学内で目立ち過ぎてしまった。
閉会式をサボっていると、アリスから連絡が。
「どーだった」
『素晴らしい活躍でした。私は満足ですよ、絢。特効女神も非常に会いたがってましたので、任務が終わったら会いに行ってあげてくださいな。あの子は絢を溺愛してますからね。というか、半ば依存でしょうか。それと、私ともしてくれないと……拗ねちゃいますからね』
「分かってるよ、任務が終わったら真っ先に唇を奪いに行く」
『あー、出かかってますよ、また。今日はキネティックを多用しましたからね』
「おっと。……ま、ほどほどに応えるとするさ」
『何やら鋼の剣の動きがなく不気味です。戸貝雪抹殺の賞金も取り消されていないようです。……警戒を怠らないよう』
「さっさとこちらから人数送り込んで潰せばいいだろ」
『まだアジトを特定できていないのです。よっぽど小心者か、保身に長けている人間が長をしているのでしょう』
「『論理全知(パーフェクトノウズ)』でもダメなのか?」
『彼女は別の任務に就いております。彼女配下の『テンタクルズ』の何名かを明日招集するので、近いうちに一気に情勢が覆るかもしれません。実働に向け、休息と備えをしておきなさい』
「分かった。愛してるぜ」
『私もです』
通話を切って、溜息を吐く。まだ敵の全容が見えてないとは。けど、さすがに幹部を二人動かすほどじゃないか。戸貝の父親がいなくなったところで、透明少女に出資するグループや財閥、企業は数知れない。
そこらへんでバイトをしている構成員もいれば、テレビのスターとなった構成員もいる。あらゆる方向で、透明少女は世界に根差しているのだ。
「ここにいましたか!」
「おう、戸貝。どうした」
「どうした、じゃないですよ! 祝勝会、クラスのみんなで行きますよ!」
「俺はいいよ、遠慮しとく。今日は目立ち過ぎた。それは良くない」
「来ないと逆に悪目立ちしちゃいますよ?」
……経験上、戸貝は結構主張が強く、しかもそれが折れない。
「わーったよ」
「はい! 行きましょう!」
手を引かれるがまま、俺は舗装された学校の敷地内を軽く駆ける。
赤くなりつつあった斜陽が、微笑みを湛える戸貝を照らしていた。その笑みに対し、俺は自分の顔に苦笑を糊塗しながら、されるがままにする。
何だかんだ。流される性質らしいな、俺は。
全員が手を振る中、俺達は合流し、集団となったのだった。
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