二話 透明少女 2
戸貝雪護衛任務。彼女の暮らす屋敷に、俺はいた。現地の一般護衛として戸貝家に配置されているサウザンド型――つまり第三期製造計画の構成員と連携しての護衛だ。全員が第三期製造の後期型――二十代中盤の女性たちだ。いや、少女達か。そこらへんアリスも厳しいからな。
「えっと、那由他様。相変わらずその金髪と仮面はどうかと……」
「ほっといてくれ。変身が簡単になるキーアイテムなんだからなくちゃ困る」
「はぁ……。素顔の方がカッコいいと思うのですが」
「いやいや、ダサカッコイイですよ! 私はアリだと思います!」
「ああ、そう……」
白い首輪の一般アリスがそう評する中、エリート――戦闘特化の赤のチョーカーの、ミリオン型前期の構成員がいないことに気づく。
「なあ、メイリンは?」
「……メイリン、応答を。夜様、メイリンを見つけて――倒れている!? コード、ストロベリー! 警戒レベルスウィーテスト!」
コードの後の果物の名前で危険度が分かる。
平時はコード、ライチ。平時の白だ。警戒時はコード、バナナ。警戒の黄色。
そして、戦闘勃発がコード、ストロベリー。初期のアリスだとアップルとも呼ぶようだったが、青リンゴを連想する少女がいたためにメジャーではなくなった。
ちなみに、警戒レベルはノーテイスト(平時)、シュガーリィ(警戒時)、スウィーテスト(戦闘態勢)である。別に普通でいいとは思うのだが、防諜にと備えているらしい。
俺は意識を変えた。変身する――
「俺は室内に行く。外周警戒を頼むよ、子猫ちゃん達」
「うわぁ……生の救世主初めて見ました」「お願いします、那由他様!」
ウインクを置き土産に、俺は屋敷の中へと侵入した。
なるほど、気配がある。殺し方が上手過ぎて浮きすぎているのだ。
『絢! あのメイリンがやられています! 警戒を!』
「しているさ。夜、周囲警戒、何でも報告してほしい。可愛い君の声が聞きたくはあるが、悲報は聞きたくないな」
『急いでください! 雪様が死んだら終わりです』
「当然だ、護衛対象を死なせるわけにはいかないからね」
館内を悪戯に混乱させないために、赤い照明のみ。ブザーも鳴らない。敵の姿はまだ見えないが、俺は気配のある場所へ、サプレッサー付きのブロウニングで銃撃を放った。甲高い金属音が聞こえて、弾がぽとりと落ちる。そして、物陰の闇の中から、赤い照明に照らされた姿が露わとなる。
タイトな服を身にまとう、少女だった。年の頃合いは俺と似ている。十六くらいだろう。
「どもっすー、戸貝雪を殺しに来たんすけどー……アンタ、場所知ってるっすか?」
「できれば可愛いレディに刃を向けたくはないんだが……そうだ、君は怒った顔も可愛いと思うんだ」
「は? 頭湧いてるんすか?」
「敢えて言うよ。……君のお仲間は、強力な自白剤を飲んで、『鋼の剣』の情報を――」
刹那に飛来したクナイを左胸から取り出したマチェットナイフで弾いて、反りのない刀を叩きつけてくる彼女に刃を返した。
「貴様……ッ!!」
「うん、怒った顔も素敵だぜ、ベイビー」
蹴りで彼女を吹っ飛ばして距離を取り、銃撃を放つ。! 速い、銃では仕留めきれないか。恐らく、戦闘能力は俺と五分――
「このっ!」
彼女も銃を取り出した。グロックか。自動拳銃を向け、俺に乱れ撃っている。
「あ、当たらない……何で!」
「当たってないからさ」
緩やかに時を知覚し、その緩慢な空間を普段通りに思考し、動くことができる。キネティックモードならそれができる。弾丸を避け、的確に敵の動く方へ弾丸を置くイメージだ。
無論、やられ続けているわけではなく、こちらもブロウニングを取り出して反撃を試みる。秒数にして、五秒もないガンファイト。
反動と集中で動きが鈍ったか、俺の正確な狙いがよかったのか、銃撃戦は俺が制することができた。二発弾丸が彼女の矮躯に吸い込まれ、命中し、体がびくびくと痙攣するのを確認。キネティックモード時の超集中を切る。ノックバックの頭痛がする中、俺は彼女に近づいていく。
ナイフを抜いて彼女の間合いに踏み込んだ刹那、嫌な気配がよぎった。それは裏打ちされた経験のようなものだったが――もしや、偽装か!?
それもやはり刹那だった。彼女の蹴りが俺の鳩尾に炸裂――はしなかった。ガードしたが、壁に叩きつけられる。派手な音が響いた。衝撃でウィッグが落ちる。変身が、解けかける。いつもの俺と、理想の俺が混じってしまった。舌を打ち、再接近して殺そうとするが、ドアが開いた。どうしても意識がそこに行く――最悪だ。
ここは、戸貝雪の部屋の前――彼女が、俺の顔を見てしまう。
「え……那由他、くん……?」
「……」
刹那に彼女はバックステップで闇に融けた。
思わず再び舌を打った。逃がしてしまった。俺は彼女に近寄って、部屋に彼女を投げ込む。
「きゃっ!?」
「部屋にいろ。いてくれ。鍵も掛けろ。頼む」
そう言い残し、俺は味方の少女の応援の駆けつける音を聞きつつ、風魔忍者の気配を辿った。
意外にも、通路に彼女は立っていた。待っていたかのように。
「案外律儀だね。さて、前菜の銃撃戦の次は、メインディッシュの殴り合いかい?」
「ほざけ。……決闘しましょうよ。アンタと、アタシで」
「決闘?」
「そ。これ以上お互い被害は出したくないっしょ。なるべく早く。日時はそちらで決めてくれっす」
「分かった。構わないよ」
背を向けた刹那、俺は銃を早抜きして、彼女の背に見舞った。彼女は咄嗟に振り返ってガードしたが、手のひらを直撃。手のひらは――素手だ。動けなくなる彼女を見降ろしつつ、今度こそマチェットナイフを突きつける。睨み上げる彼女は、悔しそうにしていた。
「この卑怯者っ……! どこまで腐ってやがるっすか!」
「何、日時は今からにしただけさ。……何故、透明少女を狙う。何故卑怯者とこちらを誹るほど誇りある君ら風魔忍者が、武器を持たない一般人の暗殺を目論むんだ。教えて欲しい」
「……。アンタ、強いっすね。なるほど。アタシに勝てる人間は存在しないって思ってたっす」
へたくそだが話をそらしてきたので、乗っておくことにする。繋がるかもしれないし。
「アクシデントがあったとはいえ、俺とこうまで対等にやれる女の子がいるとは。脱帽だね、いや、もうウィッグはないけれども」
「ははっ。……取引しないっすか?」
「この状況で、俺にかい?」
刃を喉元に滑らせても、尚、彼女の瞳は揺るがない。
「そうっす。……アタシは風魔の頭なんっす。アタシの命令で、戸貝雪の抹殺を風魔忍者全体が今すぐ実行するんっす。……怖いっしょ? それは」
確かに、それは恐ろしく思えた。
ここまでの腕だ。エリートアリスのメイリンまでやられている。最悪、彼女と同じ手練れがいないとも限らない。最悪なのが、俺でも勝てないような奴が出てくることだ。そうなると、ここの戦力ではどうしようもない。
「条件を飲むなら、アタシら風魔はアンタの指揮下に全員下るっす。自白剤飲ませたんなら、聞いたんじゃないっすか? 最高の子種が欲しいって」
そういえば、アリス・メイソンの言葉がよみがえる。そんなことを言っていた。
「アタシら風魔は、減りに減って、今女性しかいないんっす。どこかで遺伝子を補給する必要があるんすけど……その、床上手ってのが最近の風魔で教えられるやつがいなくて……新しい遺伝子取り込もうにも、こういう仕事だと自分より強い男に出会う確率も低いわけっす」
「みたいだね。で?」
「アンタの子種が欲しいんっす。冷凍精液でも、直接ヤるでも何でもいいっすけど……。最高の世継ぎのため、契約しませんっすか? 最強のアンタだから――アタシらを誠実と見こんだアンタだから、頼んでるっす」
「別にそれは構わない。……だが、確証が持てない。君がでたらめを述べている可能性もある。まぁ、それは透明少女が調べ上げれば二日もせずに分かるだろうけど……何に誓う?」
「風魔というアタシの親と誇りである存在にかけて」
「……いいだろう。俺は那由多絢。君は?」
「極楽楓子」
目を瞑る彼女に、警戒しつつ唇を合わせる。試しに舌を入れてみた。確かに初心なようだ。困惑気味に舌を絡ませてくる彼女の口から離れる。唾液が糸を引く中、彼女の匂いを感じる。甘く、煙たい匂いだ。
「……。キスって、こんな感じなんすね……。……通達、風魔忍軍は透明少女に下る。繰り返す、風魔忍軍は透明少女に下る。最高の子種を発見した。これ以上ない。んで、透明少女側は……捕虜を殺したりしてませんっすよね?」
「聞いてみるよ」
ふと通信機に聞きなじみのある声が。
『捕虜三名、全員生きております。というか、寝ておりますね』
「寝てるってさ。アリス、捕虜の返還を。風魔忍軍は透明少女の指揮下になる」
『結構。雇われていた金額を聞きだしなさい。二倍の額で契約しましょう』
「聞こえてるっす。手厚い厚生に感謝するっすよ。こちらが求めるのは、この那由多絢の子種。本人に承諾は得てるっす。組織の場所は――」
風魔忍軍の所在地を教え、『鋼の剣』に対する情報を一通り流し、楓子はふうと一息を吐いた。
「えっと、アリス・メイソン様。これでいいっすか?」
『構いません。絢、戸貝雪に素顔を見られたそうですね。こうなった以上は説明なさい。それと、今後も警戒は解かぬよう。まだ懸賞金が掛けられてますので、護衛が必要です』
「こちら絢、委細承知。心配かけちゃってごめんね、アリス」
『ふふっ、信じておりましたよ』
通話を切り、電撃が抜けたらしく立ち上がる楓子。
「さて。……約束の子種、どこでもらえるっすか?」
「んじゃまず――」
彼女の体を調べ、あらゆる武器を放り捨てていく。髪に仕込んであった糸鋸も綺麗にとっぱらって、一安心。俺もブロウニングとマチェットナイフを捨てる。膣中や尻に仕込んであっても面倒なので、調べてから呼吸の荒い彼女を開放する。
「?」
「ホテルにでも行くか、楓子」
「そうこなくっちゃ。いやー、とうとう耳年増だったアタシにも経験が……」
震えている彼女の手に、そっと手を重ねた。
「お……?」
「初めては誰でも怖いよな。でも終わってしまえばこういうもんか、って感じだから」
「そうはならない、とアタシの感が言ってるっす」
「……俺は経験人数三桁超えてるから、まぁ、それなりに期待してるといい」
「うおっ、マジっすか! それじゃお任せするっす! 後、さっきの中に突っ込む奴でもう立てないんで、運んで、くださいっす……」
「あ、ああ……もうそんな濡れてるのか」
「そ、そんなアタシの指が届かないとこまでぐりぐりやるから!」
「はいはい、ごめん。武器隠されてると怖いから。たまにいるんだよ、尻とか性器に隠すやつ。ま、いこっか」
「お、おっす……蝶よりも花よりも丁重にお願いするっす……」
「オーケー。武器類の回収、よろしく、夜」
『ファ〇ク、自分だけしっぽりお楽しみとは。くたばっちまえメサイア。良い夜を』
俺は混乱を現場の構成員に押し付けつつ、ホテル街へと向かったのだった。
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