二話 透明少女 3

 翌日になる。日曜日だ。メイリンも命に別状はないらしく、透明少女側の被害はゼロ。最上の結果だと誰もが囃し立てるものの、俺は護衛対象に正体がバレるという最悪なミスを犯している。救世主と呼ばれることが、こんなにも情けなくなる気分になる日が来るとは。因果なものだ。


 あの後、透明少女構成員以外では初めての女性を抱くことになったが、まぁそれは置いといて。


 その当人である極楽楓子は俺の部屋にやってきていた。


「どもー! 妊活するっす!」


 ライフルに手が伸びている夜を片手で制する。


「夜、敵じゃない。透明少女下に加わった風魔忍者の頭だ」

「警戒しない理由はありません。砂羽もご飯食べてないで」

「だって殺気感じないもん、その人から」


 朝飯をもごもごやっている砂羽はそう言う。たまに、こういう鋭い感性を見せるのが砂羽の侮れないところだ。疲れやすささえなければそこそこ使える構成員になれただろうに。


 極楽楓子は「いやー、愛されてるっすねー」と言いながら俺の脇腹を肘でうりうりと押してくる。痛い。


「なんか、俺との子供が欲しいんだと。冷凍精子とこいつとのセックスを許諾した。以後、俺の部屋にいるから。楓子、何か欲しいものはあるか?」

「あー、ゲーミングPCが欲しいっす!」

「手配しておこう」

「あれ? なんか昨日のキラキラした那由多さんとは違うっすね」

「あー、あれはキネティックモード、略称キネモ、通称気障太郎というモードです。あの時は女の子に紳士で甘い言葉吐きまくりでキショくなります」

「夜、お前それ以上言うと口を縫い合わすぞコラ」

「あー、なるほど。何かからくりがあるんすね? どういうものか教えてもらっていいっすか?」

「……意識するんだ。最強のヒーローになるって。変身するんだよ。まぁ、物凄いなりきりだ」

「まぁ、姿形が変わるわけでもなく、金髪ウィッグと青のカラコンで変身している実感が伴っていることがトリガーとなり、最強の精神状態と判断能力となるらしいんです。変身能力というより、絢が言うようになりきりだそうですが」

「ほへー、なりきり……。で、今が素の状態と。素の方もちょっと気だるげでアタシ好みっすよ!」

「ほー、見どころあるな、楓子。というわけで、ようこそ。改めて、那由多絢だ。こいつらは暁夜と妃砂羽。まぁ、楓子は初っ端からほざいた通り、妊活に来たんだ」

「その年でそれを言うとは……。風魔忍者の頭、でしたね。暁夜です、どうも」

「そ! よろしくっすー、えっと……アンタが暁夜、んで、そっちの味噌汁飲んでるのが妃砂羽っすね。どうっすか? アタシらと一緒に目くるめく快楽に……!」

「おおっ、いいねいいね! しよっか、絢兄ちゃん!」

「ふむ。朝からというのも悪くないですね」


 服を脱ぎ始める一同に、俺はげんなりしていた。


「楓子……お前昨日足腰立たなくなるまでヤったのにもう平気なのか」

「まだ膣中には残ってる感じなんすけど、妊活しなきゃなーと。最高の種を見つけたんっす! 風魔忍者再興のために絶対いるんっす! 後、気持ちよかったし、絢っちなら問題ねーかなって。カッコいいし、強いし、そう言う男にこそ惹かれるもんっす!」

「責任とか扶養とかはせんぞ」

「いらねっす。子供出来たらいいんで。あ、三人くらい欲しいんで、よろしくっすー!」

「……はぁ。しゃーねーな……えっと、透明少女の精力剤どこだっけ……」

「ここに用意してあります」「風魔忍者のやつも持ってきたっすよ!」

「お前ら、多分俺明日には干からびてるぞ……」


 とりあえず、俺はいつもの精力剤と、凄い効きそうな風魔忍者の精力剤を飲んで、彼女達の体にのめり込んでいった。





 さらに翌日。月曜日になって、四人の体液塗れでぐしゃぐしゃになった部屋の片付けもそこそこに、教室に向かう。


 戸貝雪が、教室の前で待っていた。


「……ホームルーム、サボりませんか?」

「いいだろう」


 俺達は屋上に移動した。夜や砂羽もいても良かったが、戸貝雪は誰も引きつれず、一人で俺を屋上に導く。


 少しだが冷たい風が来ている。長居は無用だろう。であれば、知りたい核心をさっさと言ってしまう方がいい。


「あの、那由多くん。わ、わたし……」

「俺の本当の仕事は、君を守ること」

「……夜さんや、砂羽と同じ?」

「そう思ってもらっていい。何故君が狙われるか、聞きたいか?」

「いえ、どうでもいいので。父が何か言っておりましたが、知りません」


 キッパリとそう告げて、彼女は、唇を固く結ぶ。と思ったら、それを呆気なく開いた。


「那由多絢君……わたしと、お友達になってほしいのです」

「……は?」


 間の抜けた声が出てしまった。それだけ彼女の要求は素っ頓狂だった。友達? 何故? このタイミングで? どうしてなんだ?


「どうして友達になる必要がある」

「どうせわたしを陰から守るんでしょう? なら、一緒にいてくれた方が効率的ではありませんか? 恐らく、身分を明かさなかった理由は、わたしを守りつつ、男性のガードマンが守るという圧迫感を与えないように。それと――わたしを悪戯に怖がらせないように。……これからのお仕事が、しやすくなると思いませんか?」

「俺は危害を加えようとするやつがいるなら、君の風呂中だろうと女子トイレだろうと私室にさえ容赦なく侵入するぞ。そんなやつが友達は嫌だろう」

「いえ、特には……」


 え、嫌じゃないのか君。どうしろと。


 確かに友人関係の方が自然に近づけて守れるし、効率的ではあるが、それだと朝や昼まで俺が意識を回す羽目に――いや、いい。どうせ寝ていても起きていてもそんなに変わらない。俺がただ、新たな友人関係に消極的で億劫だっただけだ。


 交友が増えると、外出も増える。出費も増える。面倒ごとも増える。厄介極まりないが、それを消して余りあるメリットがある。


 真っ昼間に襲いに来るヤベー奴がいたとしても、これなら大手を振って守ることが可能だ。それに、どうせ認知されているんだ。こそこそする必要もない。


「……分かった。友人になろうか、戸貝」

「雪、と呼んでください」

「そうか。しかし、俺を絢と呼ぶには、友好度が足りんな」

「むむっ、それは確かに。あの、騒がしくしませんから、一緒にご飯食べましょう、那由多くん?」

「……分かった。好きにしてくれ」


 その言葉に近さを感じたのか、彼女からの質問が止まらない。


「いつも何を食べられているのですか?」

「あー、いつもなら栄養補給ブロック食かカップ麺だな。夜が弁当作ってくれるって言うんだが、色々めんどくさくてな……」

「あー、やっぱり夜さんと親しかったんですね。暁、って呼ぶ時毎度少し考えてるのが分かりましたから」

「戸貝、お前は割と怖い女だな。ドン引きだ」

「えええ!? わ、わたし、普通だと思います! 普通! あ、後ですね! 好きな食べ物とか!」

「アイスクリーム……」

「意外です、アイスなんですね。今度ウチにジェラートを食べに来ませんか? 絶品なんですよ!」

「おお、それは興味ある。何味?」

「ミルク味です。美味しいですよ!」

「今度世話になる。俺はアイスに目がないんだ」

「ふふっ、良いこと聞きました! 今度アイス巡りでもしましょう!」

「それなら行く。ただお前、量を喰いなれてないだろ。大量に食うと腹を壊すぞ」

「どれも小さなサイズにするので!」

「それならダイジョブそうだな」

「ふふっ、サボりなんてバレたらお父様に怒られちゃいますね!」

「その割には嬉しそうだな」

「はい! お友達が増えましたもの!」

「そんなに嬉しいもんかねぇ、友達って。連帯感が面倒じゃね? 遊びにわざわざ誘われるとか、時間がもったいない」

「……意外に付き合いはいいんですね」

「は? なんで?」

「遊びに誘われて時間がもったいない、って……それは遊びに付き合うのは前提、って風に聞こえますよ」

「…………やっぱお前こわいわ、戸貝」

「ええええ!? 怖くないですって!」

「んじゃ、今度は俺から訊く。趣味はあるか?」

「えへ、自作の恋愛小説を書くことです! まぁ、自己満足で完結もできてないんですけど」

「ほほー、何か登場人物が賢そうだな、戸貝の小説は」

「……その戸貝っていうの、やっぱり、雪にはなりませんか?」

「残念ながらな」

「いえ、今はそれで構いません! 難易度が高いほど燃えるというものです!」

「お前マゾかよ……フツー諦めるんだよ」

「わたし、地味にコツコツと、が座右の銘です!」

「刻むな刻むな、もうちょっと今時の女子高生らしくしてろ」

「わたしは、わたしですから」


 そう眩く笑う戸貝。ん、なんか……手が震えているのか。


 手を掴むと、かなり驚かれた。が、構わず俺は続ける。


「安心しろ。お前を真っ先に襲った組織はもう終わっている。後は、俺がいる。日々を安心して過ごせ」


 その言葉に、彼女は眉を吊り上げ、震える。震えながら……怒っている様子だった。


「できるわけ、ないじゃないですか……! 理由だって、本当は、気になります! けど! 聞いたら、後悔しそうで……なら、謎は謎のままがいいなって……それに、いつ殺されるか分かんないのに……平然と、できません……!」

「……」


 そうだ。そうだったな。


 訓練を受けたわけでもない。ただ、金持ちで、少し賢い女の子。


 ただの、女の子なんだ、戸貝雪は。


 命の危険に晒されて、真顔でいるような肝の太すぎるやつではない。どうして、彼女が怖がらないと、俺は思っていたんだろう。聡いからと言って、未来に危機は覚えないと思う方がどうかしているのに。いや逆だ。俺みたいに考えたくないやつとは真逆。考えすぎるから、それゆえの恐怖があるのだろう。


 泣きじゃくる戸貝をひっくり返して、首にナイフを当てる。マチェットナイフは持ってきていたのだ。


 目を白黒させて認識できていない彼女に、俺は微笑みを浮かべた。


「どうなったか分からんだろ? 同じさ、戸貝。お前は普通にしているだけでいい。それだけで、お前の無事は保証される。俺が――救世主が味方なんだ。怖くなったら、俺がいる間はいつでも呼んでいい。ナンバーを教えておく。貴重だぞー、身内以外知らねーからな」


 端末を差し出すと、彼女もつい、という様子でそれを差し出す。


 スマートフォンのナンバーを交換して、俺はきょとんとしている戸貝を床に転がした。俺も床に寝る。風は、いつの間にか熱を伴っていた。


「このまま一限目もふけるか」

「……ふふっ、ですね。こんな顔、見せられないですし」

「俺が泣かしたと勘違いされたらフォロー頼むぞ、戸貝」

「雪、って呼んでくれたらいいですよ?」

「ヤダよそれは」

「じゃあ嫌です」


 泣いた後の笑みだというのに。


 その雪の微笑みは、とても美しく感じられた。今までのどこにでもいそうなお嬢様ではなく、戸貝雪として。俺は初めて彼女を人間として認識したのかもしれない。


 結局、昼休みになるまで他愛もない話をして過ごした。ちょっとした騒ぎになったが、雪は堂々と「サボってみたかったので連行しました!」と俺をフォローしていた。よく分からんやつだ。


 こうして、当面の脅威が消え、任務もイレギュラーに警戒というラインまで平和になるのだった。

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