三話 体育祭 3
無情にもサボろうとする俺をメイリンが迎えに来た。
メイリン・ミリオン。
ミリオン前期型。幼少は婉曲湾曲のライバル的存在だったらしい。夜と同じくエリートである。赤いチョーカーが示す通り、戦闘型。彼女の能力は器用さだ。あらゆる武器をエリート水準で使いこなせて、乗り物の操縦も極めて優秀。どんな武術でも一度見ればものになり、頭もいい。あらゆる事柄に万能の構成員だ。楓子に後れを取ったのは、戦闘特化じゃないためだ。楓子の能力は俺と同水準。比べると、メイリンは劣ってしまう。それでもデメリットがない上、どんな場所、どんな環境でも力を発揮するメイリンは強く、この任務最強の兵として存在してくれた。何でも、夜だけじゃ不安だからと志願してくれたのだとか。本当に頭が下がる。
容姿は可愛い系。黒髪ポニーテールがよく似合う容姿だ。二十歳になったという彼女はお酒にどっぷりと浸かっていた。俺も誕生日の時に酒を贈ったが……。ちなみに、甘い系が好きで、誕生日に送ったチョコリキュールは大事に飲んでくれているのだとか。
俺との仲は良好。というか、俺にとっては師匠だ。少し年下の俺に、稽古を色々施してくれて、そして俺は彼女を圧倒できるようになり、幹部になった。普通は俺を目の敵にしていてもおかしくはないが、彼女は俺が強くなることを誰よりも喜んでくれていた。俺はとても好意的に思ってるし、向こうもそうだと思ってる。肉体関係も一度や二度ではないことから、俺は彼女にかなり気を許していた。ミリオン中期型と特効女神以外だと珍しく、個人的に交流を持つ構成員でもある。
不意に拳を向けられ、応じる。手元で不意に伸びる拳打を捌き切って、俺達は至近距離で見合い、軽くキスを交わした。両方、挨拶のようなものだ。
離れ、微笑みながらメイリンはゆるゆると手を挙げている。戦闘時以外は緩慢な仕草だ。
「やー! がくせーせーかつを楽しんでるかい? 救世主様」
「メイリン、あのな……。俺がそんな柄じゃないのは知ってるだろ」
「あはは、まぁーねー。でも少し寂しいかなー。あーしとも愛し合ってくれると嬉しいんだけどー」
「今度時間作るよ。今回の任務、ホントに助かった。あんたじゃなきゃ今頃戸貝雪の命はなかった。後で監視カメラの映像見て改めて思ったけど、時間稼いでくれてありがたかった。すまん、ホント」
「あははー、やられちゃったけどねー。鍛え直しだこりゃー」
どんなド級のシリアスな話も、極々軽いのがメイリンという人間だ。日本語が若干だらしなく、あたしがあーしになっているのも特徴。たまに、こうやって言葉が伸びるのだ、メイリンという女は。
「ほい、乗って乗ってー。パパパッといこー!」
「はいよ。って運転お前じゃねえだろうな、酒くせぇ」
「違うのだー。安心して乗るがよいー」
彼女が乗ってきたのだろう、少し大きめの車に近づく。
夜とは違う時間帯に俺は登校する。あれやこれや言われるのが面倒なので、時間ギリギリを攻めるのが俺だった。夜は意外と保守的な思考のため、確実に間に合うよう時間をたっぷりと取るタイプだ。砂羽は朝が苦手で、同じような時間帯にダッシュしては遅刻をする。楓子は友達もできたらしく、早々と学校に行くのだ。よって、大体俺は自由だ。普段、メイリンは戸貝雪の送迎の時にいるらしいのだが、まさか。
「こんにちは!」
開けると、戸貝が小さく手を振っていた。仕方なく、隣に腰を降ろす。
運転しているのはお抱えのドライバーだろう。リコッタは普段、別のところで働いているし。助手席にメイリンが乗ったのを確認して、初老の女性が無言のままアクセルを踏みだした。
「あの、那由多くんはメイリンさんとも知り合いなのですか?」
「ああ。メイリン、何か飲み物ないか?」
「ほーい」
差し出されるスキットルに俺は渋面を浮かべるしかなかった。
「酒は要らん……」
「おいしーのに。ちなみにー、これ、黒豆麦茶」
「紛らわしいわ!」
奪って、飲んでいく。確かに麦茶だった。少々香ばしい。
酒は……透明少女の訓練でアルコールにある程度は慣らされているとはいえ、平時には飲みたくもない代物だった。俺は酔いはしないが酒量がダイレクトに頭痛となる体質のために、あまり好きではない。
「んで、何でメイリンと戸貝が迎えに?」
「戸貝様がねー、サボりは良くないぞーってことでさー。まー、いーじゃん。あーしも顔見たかったしー」
「サボりかねませんでしたもん、今日の那由多くんは」
「まぁお前らがわざわざ来なければ多分サボってたな」
「上の方も見てるのにー? 大物だねえ」
「知らん。ただ、学校には来ていただろうな。大勢の客が来るそうだから、さすがに現場にいなければ適切な処置ができんだろうし」
「そーゆーのはさ、ごえー対象には聞かせないのー。不安になるでしょーが」
「……悪かった、戸貝」
「い、いえ」
「けど、安心していい。俺もメイリンもついてる。楓子のやつもいるし」
「あーしは酒飲んでるけどねー。まー任務中だからバドちゃんくらいだけどー」
「いや仕事中は飲むな」
「ちょーっとアルコール入れないと頭が回んないんだよねー」
このアル中が。昔は可愛くて大人しかったというのに、酒を飲み始めてからちょっと性格が変わってしまった。
「アヤの活躍をみながらー、酒とつまみをやることにするよー」
「ちなみにつまみはなんだ?」
「さきいかー」
臭そうだな……まぁ実害はないだろうし、いいや。こう見えてメイリンは割と仕事熱心。彼女が仕事にアルコールが必要だと判断したのなら、わざわざ止めはしない。
「那由多くん、今日はお昼をご一緒しませんか? 皆さんも誘ってありますので!」
「構わんが。俺はちゃんと昼食を所持しているぞ」
「栄養バーはいけません!」
「お前も中々俺の事が分かってきたじゃないか」
「ふっふっふー、わたしも結構同じ時間を過ごしてますからね!」
メイリンはドヤ顔をする戸貝を微笑ましそうに見守りつつ、俺が返したスキットルを傾ける。
談笑しながら、通学路は和やかに通過されていった。
『さあ、始まって一発目! まずは百メートル走! 走者が並びます! おお、陸上部の羽田君がピースしております! 男子二年、本命は彼か!?』
なんか、放送席が盛り上がってんなぁ。
そんな事を思いつつ、軽く体をほぐす。
いつの間にか応援団も旗を振っている。俺達は赤組だ。あ、砂羽のやつチアの衣装きてポンポン振ってやがる。雪も「頑張れぇぇぇぇ!」と叫び声をあげていた。夜ばといえば、日陰でこそっとしているようだった。眩しいんだろう。今日は日差しが強いからな。
『さあ、走者全員クラウチングの構え……っと、あら? 一人軽く右足を引いただけの男の子! 転校生の那由多くんだぁ! さて、どうなるどうなる!?』
スターターの人間が、競技用の電子音が鳴るタイプのスターターピストルを手に、片耳を塞いだ。
「位置について……よーい!」
ピッ。
と鳴った刹那に、加速する。来てしまったものは仕方がない。加減しつつ一位を取れればそれでいいや。
お、中々早いな、さっき手を振ってた奴。まぁ負けてやらんが。
七割の力で走ってゴールイン。ホッと一息つくが、何故か会場が静まり返っていた。え、なにこれ。どうしたの。羽田とか言うやつも信じられないような目で俺を見てくるし。
『……あ、あのー……羽田君、高校生で陸上短距離国体準優勝なんだけど……え、マジ?』
先に言え! 勝っちゃったじゃん! 負けても良かったのに!
失策を悟ったが、俺は頭をフル稼働させる。
「すまん、ちょっと俺フライングしちゃった! もっかい頼む!」
『だ、だよねー! よーし、やりなおしで行こー!』
やり直しとなるようだった。
次はきっかり二位で負けておいた。あっぶねえ。その後、場の雰囲気は持ち直し、盛り上がっていく。よしよし、それでいい。
ん、アリスから着信……?
「絢だけど」
『見事な機転です。ですが、次からわざと負けたら罰ゲームとして、幹部メンバー全員から脛を殴られるお仕置きをします』
「何それ!? 嫌なんですけどおいコラアリス! 注目されたくないんだよ、業務上は!」
『分かっていますがそれ以上に、負ける絢というのは美しくもないしカッコよくもないのです。そんなものは見たくないのですよ』
「じゃあ今すぐ確認映像閉じろ、平和が訪れる」
『目的のためなら地雷原にすら突っ込む方針を決めたのは、私ですよ?』
あー、そうだね。そうだったね。
チクショウ、なんか加減して勝たなければならないのか。やっぱ来るんじゃなかったな……めんどくさい……。
『活躍を期待しておりますね?』
「今度気絶するまでヤり倒してやるから覚悟しとけ」
『まぁ怖い』
くすくすと笑いながら言われても。頭を掻きながら通話を切って、足場が組まれているその下の骨組みの陰で休んでいた夜の隣に行く。当然のように日陰だ。こちらを向いた夜の顔色は分からない。似合わないサングラスが陽光はおろか表情も隠している。
「多分、アリス様から全力を出すよう言われましたね?」
「微妙に違うけど、概ね一緒。負けるところなんざ見たくないから気張れよ、だとさ」
「ワタシも同感です。カッコいいところを期待してますよ、救世主」
「うるせえ」
投げやりな返事に物理的に投げて返されたのは、缶のコーヒーだった。キリリと冷えるそのプルタブを開けて、中身を半分ほど飲み下す。うっわ、あっま。
「冴えた活躍を期待してます」
「だったらカフェオレなんか持ってくるな。ブラックにしろ」
「苦いのは好きじゃないです」
「はいはい」
俺は次の時間まで、戸貝の様子を眺めつつ過ごすことにした。
とはいえ、男女お姫様抱っこの爆弾なプログラムには、もう一時間ほどあるわけで。
「寝とけ、夜。何があってもいいように待機しててくれ」
「ええ、では……日が真上に登る頃にまた。絢の面白おかしい活躍を見れないのは残念ですが」
「一生寝てろ」
夜は立ち上がると、メイリンのところへ歩いて行った。奴は木陰に陣取っている。そこで寝るつもりなのだろう。
俺は行われている種目に視線をやった。砂羽のやつがチア姿のまま女子綱引きに出ている。まぁ、そりゃ勝つわな。綱引きは大人数でやるから個人の爆発的な力が目立ちにくい。砂羽はフルではないだろうがそこそこの力を発揮したらしく、相手が急な勢いに対応できぬまま綱を掴んだまま前に転ぶという光景を見る。
女子連中は砂羽の力を知っているのか、可愛がられ系の砂羽がもみくちゃにされていた。
俺も実力を発揮したらこうなるのだろうか。男子連中に?
「きっしょ」
なんで野郎からべたべたされねえといけねえんだ。いや女子でも微妙だけど。なるたけ関わり合いになりたくない。
続いて千五百メートル走に楓子のやつが出てきているが、加減をするつもりはないらしく、あっちゅーまに終わってしまった。実況が興奮気味にまくし立てていたが、やかましすぎて内容までは入ってきていない。
借り物競争になったようだ。俺にとっては要注目競技。戸貝の競技だからだ。
今のところ、何かにあったとかいうことはない。彼女は普通に待機列に並び、スタートし、何か紙を手に取って、探しているようだった。と、俺と目が合うと駆け寄ってくる。
「なんだよ」
「来てください!」
されるがままに引っ張られて、ゴールテープを切る。
『さ、紙に書かれている『憧れの人』ということでしたが、二年の戸貝さん、彼のどういうところに憧れているんですか?』
「カッコいいところです!」
『よし来た! じゃあ、カッコいいセリフを彼が吐ければゴールを承認します!』
まためんどくさいことを……。カッコいいセリフねえ……。
瞬間的に、キネティックモードになる。ウィッグとカラコンが無くても、変身自体は可能だった。より超絶的な集中力が求められるが、一瞬ならば問題ない。
『では、3、2、1、アクション!』
「俺が冷たい手で良かった。雪のような儚い君を、溶かさずに済む」
女子全体が静まり返り、次の瞬間黄色い声でワッと湧いた。ちょっと低い声色で囁くような声に、戸貝も顔を赤くしつつ満足そうだったが、俺は元に戻って死にたくなっていた。ああ、もう嫌だ……。こういうセリフがポンポン出るからキネティックは本当にもう……。
『いやぁ……那由多君すっげー気障。よくそんなセリフ素で吐けるね』
「ほっといてくれ」
『でもゴール承認! 一位おめでとう、戸貝さん!』
赤組の応援席に手を振る戸貝にチョップを軽く入れて、さっさと戻る。次のスタートが待っているからだ。そそくさと応援席に戻り、周囲を警戒する。……不審者は、いないか。ならばいい。本当にただの催しで終わるのならば、それで。
溜息を吐きながら、俺はしばらく足場の陰で休むことにした。
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