三話 体育祭 1

「ども、極楽楓子と言いまーす。よろしくっすー」


 戸貝雪からしてみたらとんでもない爆弾だろうな。そう思いつつ、新入生が短期に三人も入ってきて訝しみもせず拍手しかないのかと、美少女の登場に喜ぶ周囲のアホな連中を見ながら楓子のやつを見る。年頃だからそういう格好も似合う。聞けば十六歳らしく、そう言われれば彼女の格好も自然に見えた。


 にんまりしながら俺の後ろに陣取って隣のやつと喋りだすのだが、まぁ放っておこう。


 後で戸貝にフォロー入れないとな。彼女は顔を蒼くして酸欠の魚よろしく口をパクパクさせながらこちらを見てるし。


「はぁ……」


 日常に舞い降りた火種を鑑みつつ、窓の外を見る。今日も平穏だ。ロケットランチャーがぶち込まれるでもなく、銃弾が飛び交うでもなく、戦闘ヘリも飛んでないし、実に和やかだ。麗らかな陽気に、俺は思わず机に突っ伏す。


 寝るか。今日も一日。





 楓子は人気者のようで、色んな人物から声を掛けられて応じていた。が、やはり――入ってくるのか、こちらのコミュニティに。夜、砂羽、戸貝が集まる中に、軽く手を挙げて混じってくる。


「どーもっす、戸貝雪さん。その節はどうも」

「……な、何を企んでるんですか!」


 さすがに警戒している。とはいえ、楓子にとっては小さな小さな家猫が威嚇しているようなものだろうが、それでも拒否感を覚える相手に、仕方なさそうに後頭部を掻いていた。


「いやー、教育は施されてるんすけど、学校ってものに興味があるって言ったら、お膳立て整っちゃって。まー、安全っすよ。命を狙う理由もなくなっちゃいましたし。仲良くしましょ! むしろお守りする立場なんで、これからは」


 ニコニコと手を差し出す楓子に、引きつった笑顔で戸貝も応じた。おお、大人な対応。


「安心しろ、戸貝。こいつが何かしようと思ってたらもうお前は死んでる。それに、こいつがこれ以上お前を怖がらせたら、救世主が黙ってない」

「いやー、絢っちには敵わないっす、戦いもベッドも。百戦錬磨っすよ」

「べ、ベッドも……!」


 妄想逞しいのか、戸貝雪は真っ赤になっているようだった。他には漏れ聞こえていないのが幸いした。無駄な騒ぎは避けたい。


「公共の場でそういう発言をするなら、もうお前とはしないぞ。目立ちたくねーんだよ」

「ああっ、それはご勘弁を……!」

「そ、その、極楽さん……? は、そういうことに抵抗は?」

「やー、まぁつい先日まで処女だったんっすけど、おお! って感じっすね。最初はちと痛かったっすけど初めてなのに絶頂させられ――おっと、すんません、何でもないっす」


 睨む俺に肩を竦める楓子。こいつは……油断も隙もねえ。


「話しちゃダメとは言わんが学校ではやめろ」

「うぃーっす」


 TPOを弁えてもらわないと困る。そうしないと変に注目されてやりにくくなってしまうからだ。人の視線なんて向けられない方が、俺はだが基本的に仕事がしやすい。


 本当に納得したのかはさておき、まぁこれだけ言ってれば大丈夫だろう。大丈夫じゃないのは、それを説明されて真っ赤になっている戸貝のケアの方だった。


「戸貝、俺らも年頃だからそういうのはするだろ」

「で、で、でも、その……!」

「まぁ日本では珍しいかもな。でも国が違えば十歳で結婚させられるとこもあるにはあるし」

「そ、それは、そうかもしれませんが……!」

「はいはい、この話は終わり。というわけで、楓子の手綱は俺が握ってるから安心していいぞ、戸貝。というかこいつももう味方だから。複雑な心境は理解できるが、まぁ、慣れろ」

「……色々と納得いかないですが、分かりました。そっか、経験あるんですね、那由多くんは……」


 ちょっと咎めるような視線だったが、構わずに昼飯のブロック栄養食を口に運んだ。いつものバーが無いので、市販品だ。もそもそとしているが、スポドリで流してしまえば気にならない。後味が限りなく微妙ではあったものの、変なものを摂るより確実だ。とはいえ、衛生観念が大体きっちりしている日本で飲み物の心配するのもアレな話だが。日本では当たり前に飲まれている水道水だが、それが飲める国って実はとてもレアだ。大体加熱しなければならない。そうでない水が欲しいなら、ミネラルウォーターだろう。本部にある幹部の部屋にも常飲できるペットボトルの水が置いてある。


 そんな俺の姿を見て、夜が眉を顰めた。


「絢、それではいけませんよ。ほら、唐揚げです」

「あたしのハンバーグも半分あげるよ、絢兄ちゃん!」

「肉ばっかじゃねえか! 要らねえよ俺はこれとスポドリで充分なんだよ!」


 便乗してくる砂羽共々、夜の差し出したフォークにそっぽを向きつつ、残りのスポドリを飲み下した。


 そ、と増える箸。シュウマイを摘まんでいるのは、戸貝だった。


「しゅ、シュウマイは……」

「……」


 俺は無言で夜のフォーク、砂羽の鋼鉄の箸、そして戸貝の箸の先にあるシュウマイを口に運んだ。満足そうにする面々にやりにくさを感じつつそれらを咀嚼していると、楓子にウリウリと肘で脇腹を押された。


「何だかんだ付き合い良いっすねー、そういう脇の甘いところも可愛いっす!」

「るせっ。面倒事をこれ以上拡充させて堪るか。その前に俺が折れた方が早い」

「ふむふむ、押しに弱いんっすね」

「ですね。でも意外とここ一番では譲らないんですよ、困ったことに」

「ま、そこが絢兄ちゃんのカッコいーとこだよねー」

「むぅ……皆さん本当に仲が良いんですね」


 戸貝が疎外感たっぷりと言わんばかりにこちらを見咎めるような、羨むような、まぁそんな視線を投げかけてくる。無邪気に砂羽は頷いていた。


「そうだよ、雪ちゃん! あ、今度一緒にお出かけしようよ! 絢兄ちゃんと、夜姉ちゃんと、楓子ちゃんと、雪ちゃん! みんなで!」

「ヤダよ、お前らみたいな美少女軍団と群れるの……。すっげえ注目されるじゃん」


 平時なら可能な限りお近づきになりたくない感じだ。厳ついグラサンの美少女、妹系美少女、一見軽そうな美少女、お嬢様然とした美少女――激しく目立つ。


「でもどうせ護衛はしなきゃだから嫌がったってどうせついてくる羽目になるし。無意味だと思うよ、兄ちゃん」

「そうですよ、絢。ちゃんとコミュニケーションを取りなさい」

「そうっすよー。人数多い方が楽しいっすよ!」

「はい! 是非行きたいです!」


 まっすぐな雪の目に、俺は思わず後頭部を掻いていた。仕方がない。本当に気乗りしないのだが、まぁ、いいだろう。


「どこに行く……ってヘヴンズモールだろうなあ」

「でしょうね。他に遊べる場所もありませんし」


 やっぱりそうなるよな。近辺に他はヘズモとしのぎを削ってるデカい百貨店くらいしか選択肢はない。その百貨店に行くのも、俺達のような学生だと目立ち過ぎる。アイスを仕入れにたまに赴くのだが、大体マダムやご年配が多い。俺の年頃の連中を見たことがない。


「家族風呂貸し切っちゃいますか?」

「いいっすねえ! 温泉!」


 戸貝の発言にテンアゲする一同だったが、俺はテンサゲだ。げんなりする。


「やっぱお前らだけで行け……」


 こいつらとの連日の行為で、俺のコンディションは消耗気味だった。4Pとかするもんじゃねえ。気力がごっそり持っていかれて、サプリで亜鉛を補給する羽目になっているのだ。楓子との妊活の契約は続いているが、しばらくはゆっくりしたい。


 全員がぶー垂れていたが、俺は腹を満たしたことで眠気に耐えきれず、机に突っ伏して寝ることにした。


  ◇


「あ、兄ちゃん寝ちゃった。ここんとこ連日だったからなぁ」


 砂羽は眠った絢を見て、ニヒヒと笑っているようだった。


「いっつもブスっとしてて大人っぽい感じだけど、寝てるとケッコー幼いよねえ」

「ええ、そうですね」


 雪も初めて見る男性の寝顔。いつもは腕で隠れているので、間近で観察したことはない。


 規則的に寝息を立てる彼は、いつもの気だるくて世間を嫌っている感じは全くせず、ただあどけなく睡眠を貪っている。


 そんな中、楓子が「あー」と声を出した。


「さすがに無茶させすぎっすかね……」

「いいのですよ。妊活なんてふざけた条件を承諾したこの馬鹿の不始末ですし。搾り取ってあげなさい、楓子」

「ひひっ、アンタも容赦ないっすね、夜っち。んで砂羽っちはなんでそんな疲れやすいんっすか? いつも一発で終わるの不思議だったんっす」

「あー、あたしは力は兄ちゃん以上なんだけどデメリットで疲れやすいんだ」

「なるほど、腕相撲しましょ!」

「女子がやるイベントですか、それが……」


 夜はサングラスごしに厳しい視線を向けるが、砂羽と楓子は乗り気だ。


 雪がレフェリーらしく、手を組み合わせた彼女達に、掛け声を自然に放つ。


「レディー……ふぁいっ!」

「ふん!」「うおっ!?」


 派手な音が鳴る。砂羽の馬鹿力は女子は知っているらしく驚きは特になかったが、男子の数人はちらほら驚いていた。


 痺れているのだろう、ぷらぷらと手を振る楓子が、羨望の眼差しで砂羽を見る。


「すっげー! どこにそんな力があるんすか!」

「砂羽は加減していますよ。でないと、今頃その右手が粉砕骨折でしょうし。やろうと思えばこの机を殴り壊せるでしょう、砂羽」

「うん。この机を壊すくらいなら、絢兄ちゃんにもできるかな」


 派手な音だったが、未だに寝息を立てる絢を見ながら、砂羽は微笑む。


「ちなみに、本気出すとどうなるっすか?」

「鉄筋コンクリートの分厚い壁を殴って壊せます。まぁ、三回壁に穴を開けたところで力尽きるでしょうけど」

「ピーキーっすね、また……。今度、ジャムの蓋が開かなかったらよろしくっす!」

「あー、それ無理。うっかり瓶ごと割っちゃうんだ……」

「ほー。それなのにそんなに可愛いとかずるっしょー!」

「ちょ、ほっぺつんつんするのやめてよ、楓子ちゃーん!」


 戯れている美少女たちに男子達は拝んだりしているようだったが。


 こうして、昼休みの時間は過ぎていくのだった。

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透明な檻のアリス 鼈甲飴雨 @Bekkou

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