善良なひとびとと子供たちだけの家のはなし

尾八原ジュージ

善良なひとびとと子供たちの家のはなし

 公共の場でうるさい人って迷惑ですよね。いつだったかも映画館で、映画が始まってるのに大きな声でしゃべってる親子連れがいたんです。それもすぐ真後ろにですよ? おしゃべりだけじゃなくて、子供が前の座席をがんがん蹴るんです。

 個人的に「ああいうとき二回は口頭で注意する」って決めてるんです。でもだいたいダメですね。注意してすぐ改めるような人は、大抵注意される前にさっさと外に出て行くし。とにかく上映中に喋るのってよくないですよね。本編が始まる前にも「上映中はお静かに」って出ますしね。周りの人たちもすごく迷惑そうでしたし。

 そのときも二回までは普通に、口頭で注意しました。一回目はケバい母親に、ダルそうに「はーい」って言われました。二回目は「はーい」のあと「うざ」って聞こえました。案の定それでもうるさいから、一応三回目も一声かけておこうかなと思って「静かにしてください、あと椅子蹴らないでください」って言いました。そしたら「子供だから仕方ないでしょ」って、バカにしたような口調で言われました。ちなみに母親が口答えをしている間、子供の方は何にもわかってないみたいで、スクリーンを指さしながらまだあーだこーだしゃべってました。うるさいですよね、子供って声が高いし。

 でも、この子は悪くないんですよね。だって仕方ないですものね。上映中は静かにとか、まともなしつけを受けさせてもらってないんですから、むしろ被害者ですよ。悪いのは親なんです。だからいつものようにしようと思って、立ち上がりました。端っこの席に座ってたので、子供を座席から引っ張り出すのは簡単でした。親に何か言われる前に子供をぎゅっと抱きかかえて、走り始めました。

 こういうときって、大体ぽかーんとしちゃう人が多いんですよね。だからその間になるべく遠くに逃げちゃうんです。こっちはそういうケースまで考えて、外に出やすい席を確保してるし、逃走経路も決めてあるし、体力だってつけてるんです。泣いてる子供を抱っこしながら「映画館だからねー、お外に出ようねー」って言ってたら、大抵親子だと思われますし。映画の途中で泣いちゃったのねー、それで外に出てきたのねー、大変ねーって、大抵優しい目で見てもらえますよ。まぁそのときは女の反応がちょっと早くて追いつかれて、「うちの子に何してんだよ!」ってパンチもらったんですけど、全然痛くないふにゃふにゃパンチだったんで、いたーい! って叫びながら足払いをかけたら、女はすこーんって転びました。だから全然楽勝になって、子供を抱っこしたまましっかり逃げました。

 限界までぎゃんぎゃん泣かせたら、子供って大人しくなりますよね。このときも、車に乗せたときにはもうしくしく泣くだけになってました。ママー、ママーって泣くけど、あれあんまり意味のない言葉なんですよね。親を慕っているように聞こえるけど、そもそも上映中に大声で喋らせておくような親と一緒にいたって、この子が幸せになれるわけないじゃないですか。多少強引にでも離した方がこの子のためなんであって、だからこちらは善いことをしているわけですね。

 そんな感じで集めてきた子供がうちにもう十人くらいいまして、みんなとってもいい子なんです。子供って純粋ですからね、環境で変わるんですよね。うちに連れてこられた直後はそりゃ、知らない場所に知らない大人ばっかりですからね、泣きますし、暴れますよ。でもうちの両親も祖父母も兄姉弟妹きょうだいたちも子供が好きで、優しくしてくれるっていうのが、幼い子にもちゃんとわかるんですね。すぐに泣かなくなって、ご飯とか食べ始めますよ。お風呂に入れて、うちの寝巻を着せて、ベッドに案内してあげたらもう、すっかりうちの子なんです。

 そういう子供がいくら増えてもいいように、うちにはいっぱい部屋があるんです。地下に小部屋がいくつもあってね、安心して過ごせるように、ちゃんと鍵もかかるんです。今は十人だけど、あと二人くらいは大丈夫かな? もちろん甘やかすばかりじゃなくて、よくないことをしたらちゃんとしつけはしますよ。それは当然のことですよね。いえ、顔やおしりをぶつなんて残酷なことはしません。腕のここら辺に電気をぴりっとするだけ。ぴーんって手足が伸びて、表情がこんなんなって、慣れないうちは倒れちゃう子もいます。でもうちは大人がたくさんいますからね、具合が悪くなったって、だれかが面倒をみてくれるんです。だから安心ですね。映画館から連れてきた子も、三回くらい電気やったらすごくいい子になりました。あれが素なんですよね。映画館でうるさくしてても、本当はいい子なんです。悪い親から引き離して、うちの子になったからそういう、元々のいい素質が引き出されてきたわけですね。

 で、つい先日なんですけど、電気やったら動かなくなっちゃった子を庭に埋めてたら、どこかで見たようなケバい女が訪ねてきて、誰かと思ったら、映画館から連れてきた子供の母親でした。打って変わってしおらしくなって、子供を返してくださいってめそめそ泣くんです。嫌ですよね。こんなのポーズに決まってるじゃないですか。だから、ここにはあなたの子供なんかいませんって追い返しました。嘘なんかついてませんよ。あの子はもううちの子なのであって、この女の子供じゃありませんからね。

 でも女は往生際が悪くって、夜になってから家に忍び込んできたんです。ちょうどみんなを集めて、寝る前のお話をしていたところでした。耳のいい姉が侵入者を見つけて、力の強い兄が取り押さえて、父が話を聞くことになりました。やっぱり父が、一家のあるじですからね。

 女はとても見苦しくって、子供を返せって髪を振り乱して叫ぶんです。昼間のしおらしい様子はやっぱりお芝居だったんですね。誠実さのかけらもない人間だということがわかって、ぞっとしてしまいました。子供たちも怖がって泣くので、母や祖母がなだめて部屋に戻しました。でもひとり戻らない子供がいて、それがやっぱり、この女の子供だったあの子なんですね。ママ、ママって泣くんです。しまいにひきつけを起こしそうになって、慌てて妹が連れ出しました。かわいそうに、この女のせいであんな風に泣かなきゃならなかったんです。女ときたら、子供に「上映中は静かに」っていう当たり前のしつけを怠っていたのみならず、嘘をついて、それから家に侵入して、家族をののしり、子供たちを泣かせた、極悪非道のおそろしい人間です。悪人である証拠に、女はますます醜く怒り狂いました。そして、子供を返さなかったら警察に行くと言いました。家族はみんな笑いました。だって、あんまり滑稽じゃないですか。おまわりさんは悪い人を捕まえるのであって、この勘違いした女が警察に駆け込んだところで、捕まるのは女自身なんですよね。悪い人から子供を引き離してまっとうに育てているだけの善人が、警察にどうにかされるわけはないんです。悪人のうえにおばかさんだなんて、きっとろくな親に育てられなかったんでしょうね。子供だったらかわいそうですけど、もう大人ですからね。自業自得ですね。

 女があんまりうるさいから「電気をあてましょうか?」って、戻ってきた妹が気を利かせてくれました。でも、やっぱりそれはやめましょうってことになりました。だってあれは子供のしつけに使うもので、大人に使うのは甘やかしですよね。大人なんだからそれ相応の報いを受けるべきでしょうって姉が言ったら、それもそうだねって父が賛成して、ほかのみんなも「それがいい」と拍手をしました。祖父と弟が「物置に人数分のトンカチを取りにいく」と言って、さっそく部屋を出て行きました。

 夜のうちにそんなことがあったとしても、朝ってすがすがしいものですね。ゆうべのおそろしい騒ぎが嘘のように、空は青く、小鳥はうたい、花はあざやかに咲くのですよね。女の死体を庭に埋めていると、いつのまにかあの子が庭に出てきて、こちらをじっと見つめていました。正しい大人のやることを、しっかり見ているのですね。この子もきっと善良なひとになるだろうと思って、とても嬉しい気持ちになりました。その子は今も、とてもいい子で、何不自由なく暮らしていますよ。きっとちゃんとした、心の正しい大人になるでしょうね。

 さて、お話をしている間に家族が帰ってきたようです。あなたが私の遺伝上の親だってこと、申し訳ないけどとんと思い出せませんでした。でも私にせよ、家族にせよ、また子供たちにせよ、みんなこの家で幸せに暮らしていますからね、どうぞ安心してください。では玄関からお帰りになって――帰らない? まぁ、悪人って聞き分けの悪いものですね。でも個人的に「こういうとき二回は口頭で注意する」って決めているんです。善良な一般人ですからね。穏便に済ませたいわけですよね。じゃ、二回目いきますね。不法侵入は不問にして差し上げますから、どうぞ、今すぐ、お帰りください。

 さぁ。

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