Sideモリノウラ:優しさの代償
オッチンポーツナガッター森の最奥。
そこは竹林のように大樹が並び、コケやキノコが生い茂る。陽の光も満足にとどかず、うす気味悪くてジメジメした原生林のような場所だった。
モリノウラは倒木をベッドのようにして満足げにくつろいでいた。
「くふっ、よき人間と出会ったわ」
善性を信じて、他人を信じて、苦難を乗り越えれば他種族ともわかりあえると信じている。
そんな強き瞳の少女だったなと、自然に笑みがこぼれる。
「アレならばよく育つであろうなあ」
良質な土壌は滅多に見つからない。
人里に無理をして探しにいけば、冒険者の討伐対象になりかねない。
だからこそアルルが森にやってきたのは僥倖だった。眷属にずっと監視させていたが、精霊使いとしての素養があり、体力もよく伸びるだろう。
なにより、善性で処女。
「くふふっ、あれならば強い赤子が生まれるぞ。楽しみじゃ楽しみじゃ。一人目を孕んだとき、どんな顔をするであろうなあ」
種の存続はモリノウラの使命だ。
それとは別に、純粋な女の子がモンスターを孕んだときの絶望に満ちた表情を見るのが大好きだった。
「信じた者に騙されたと知ったとき、あの可憐な表情がどう崩れるのか」
なじるのか、なげくのか、うらみを吐くのか。
モリノウラは考えるだけで快感にひたり、昇天しかけた。
「花びらの効力を知れば、我を頼りたくなるであろうなあ」
あの花びらは本物だ。
傷をたちどころに治してしまう効力の高いものだ。
一度でも使えばその効果に頼りたくなる。あのお優しい少女なら、傷ついた誰かのために再度やってくるだろう。
あるいは仕掛けが発動するか、
そうして隷従の契約をむすばせたあとは、さんざん嬲って犯してやろう。
「用心深そうな仲間もおるようじゃし、死にはせんだろ」
見こみのある若者だった。強き冒険者にきっと育つだろう。
もしダメでも、また他の人間を探せばいいだけだ。
「……ま、妙な者もおったようじゃが」
麻袋をかぶったよくわからない男もいた。
いつのまにか森にいたようだが、あれはおそらく上位存在に呪われている。放っておいても未来はない。
「……あの案山子は気にするほどではないか」
「――俺を呼んだか?」
「⁉」
モリノウラは倒木から跳ね起きる。
麻袋をかぶったひょろ長い男がいつのまにか立っていた。
いつからそこにいた。仲間はどうした。
モリノウラはそうたずねるのを堪えた。
不気味にたたずむ案山子のような男から、尋常じゃない殺気が漏れている。
「アルルと共におったものか。我になにか用か?」
モリノウラは案山子男にバレないように、肉食花を少しずつ展開させていった。
「忘れ物をとりにな」
「なんぞ落としたのかえ?」
「貴様の命だ」
突き刺すような殺気を飛ばしてきた。
モリノウラは余裕の笑みをたたえる。
「ほーう? それは残念じゃな、人間とは仲良くできると思っておったのにのう」
「化け物がさえずるな」
「怖い怖い。かよわい我は泣いてしまいそうじゃ」
「その身体、苗床として使った死体だろう? モリノウラはその死体の名前か?」
正体を言い当てられて、モリノウラは笑みを消した。
肉食花以外にも、強酸性の植物、毒性の植物、熊すら一瞬で絞め殺すツタなどを、案山子男の周囲に伸ばしていく。
「お前、どこまで知っておるのじゃ」
案山子男が重々しく口をひらく。
「……俺の知らないイベントだと思ったんだ」
「イベント? なんの話じゃ?」
「最初の出会いも違うし、花子狐なんていない。子熊だったんだよ。それに緑色の全裸女もでてこない。小さくて可愛い女の子だった」
「はん? お前、薬物でもキメておるのか?」
「花が本体なのだろう。なあ、寄生生物」
こちらの正体を完全に知っている。
細心の注意を払っているのにどうして気づかれたと、モリノウラは動揺した。
「……我のことを知っているようじゃが」
「よく知っているさ。貴様たちが繁殖するための母体を探していたこともな」
「…………」
「貴様の好みは善良な人間だったな。純粋な女の子を孕ませて、絶望の悲鳴を子守唄代わりにするのが趣味なんだよな」
「お前……どこまで我のことを……」
モリノウラは恐怖すら覚えた。
こいつだけは生かしておけない。アルルたちもすぐに殺さねば。
あるいは仕掛けを今すぐ発動させるかだが。
「リンに寄生させた種子は潰した」
「なっ……⁉」
モリノウラは顔をゆがませて、得体のしれない案山子男を睨む。
「リンが成長すると体内で発芽するんだよな? 貴様とのイベントは【種】を一度でも使用すればフラグが立つ。……今回は【花びら】だが。そして大切な人が倒れたとき、アルルは貴様を頼る。隷属の契約をむすばせたあとは苗床にする気なのだ」
「……お前の身内に、我の犠牲者でもいたのか?」
「いいや」
「…………我のことをよく知っているようじゃが」
「ああ、知っているとも。臆病で、用心深くて、なにより残虐の貴様なことはな。まさか序盤のお優しいモンスターから苗床エンドに繋がるとは思わなかったぞ」
なんの話をしているかわからない。
ただ、ここで確実に、殺さなければいけないとモリノウラは悟った。
「……お前、1人だけのようじゃが?」
「俺一人だ。アルルたちにはなにも言っていない」
「なぜ?」
「貴様はここで優しいモンスターとして死ぬからだ」
「……くふふっ、なるほどのう」
お優しい人間だ。正体どころか手口まで暴かれたのは心底驚いたが、甘チョロい人間に強者はいない。
なにせこの世界の弱者は、強者の食い物にされるのがお決まりだ。
注意するのはスピートだけ。
相性で完封できるとモリノウラはふんだ。
「そうかそうか……。ならば大馬鹿な人間として死ぬがよい!」
肉食花に、強酸植物。
そして毒性植物を、案山子男の四方八方から襲わせた。
ダスティンタートルの甲羅すら砕き、堅牢な城壁を蒸発させてしまう超火力だ。肉塊どころか骨すら残らずにくたばるはずだった。
しかし、モリノウラの勝利の笑みはすぐに消える。
「何者じゃ……お前……」
夜が形になったかのような真紫の騎士が立っていた。
兜つきの
紫の騎士が名乗りをあげる。
「
モリノウラは植物を次々に襲わせる。
しかし紫の騎士はガチャリ、ガチャリ、と一歩ずつ重い足取りで近づいてくる。
「ひっ⁉ し、死ね死ね死ね死ね死ね‼」
「繫殖するだけなら、まだ理解はできる」
「く、くるなくるなくるなくるな!」
「種の保存。ただそれだけだったのならば納得もしよう」
「ど、ど、どうして倒れない⁉ なぜ傷つかない⁉⁉⁉」
「だがな。貴様は善良な人間をわざわざ選んでいる。己の快楽のためだけに、彼女の優しさに寄生した」
「な、なんなんだお前はーーーー⁉⁉⁉」
「優しさは決して無償ではない。代償を払うときだ」
紫の騎士がモリノウラの前に立つ。
酸も毒も、強力なツタでも、鎧に傷がついておらず、襲いかかった植物はすべて拳で潰されていた。
モリノウラは死を悟った。
上位モンスターだからこそ、濃厚な死の気配を感じたのだ。
だが自分が死んでも眷属がいる。
我が子たちが生きのこっていれば種は存続できる。だからこそ死などそこまで恐れてはいなかったのだが。
「ステータスオープン」
紫の騎士はそう唱え、ステータス画面から花束をとりだす。
花束がぽすりと、足元に放り投げられる。死者への手向けの花かと思った。なんの趣向だとも思った。
しかし見覚えのある花々に、モリノウラは叫んでしまう。
「あ、あ、ああああああああああああああ!!!!!!」
「貴様たちはここで朽ちるのだ」
「我が子たちがあああああああああああああ!!!!!」
眷属で作られた花束に、モリノウラは絶叫する。
モリノウラの身体がベリベリと真っ二つ避けていく。
死体内で圧縮されていた本体がいっきに解放されて、ラフレシアのような大口をもった巨大な肉食花が飛びだした。
「うおおおのれえええええええええええええええええええ!」
「純愛奪いし者を断つ剣。こい、NTRバスター」
紫の騎士の足元の影がうごめき、大剣があらわれた。
紫の騎士は大剣をつかみ、悠然とかまえている。
自分は殺される。種族ごと滅ぼされる。
こうならないようにと息をひそめて、静かに人間を嬲っていたのにと巨大肉食花の心が絶望に染まる。
せめて傷一つだけでもと、巨大肉食花は騎士に襲いかかる。
無駄な行為だとすぐにわからされるが。
「甘くてラブちゅっちゅな営みを知らぬ者よ、純愛の前に死ね」
そして、オッチンポーツナガッター森全体をふるわせるような大剣の一撃がふるわれた。
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善意を利用したNTR、だめ、ぜったい。
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