Side怪しい店主:側に立つ者

 太った店主ノゾーキ=アナはうたつのあがらない男だった。


 怠け者で不勉強で他責思考で、人付き合いもよろしくない。

 おおよそ個人事業でやっていける人間でないのだが、そんな男が店主をやれているのは親が立派だったからだ。


 この武具店はノゾーキの両親がはじめたもの。

 両親が健在だったときはお店も流行っていたし、貴族のお得意さまもいた。

 彼が店を経営できているのも、親世代に築いた人脈が息子の改心を期待してのことだった。


 そんなわけで、商品の質は本当によかったりする。


 当の本人はそんな期待もわずらわしがっているが。


「……はあ、めんどうだよねぇ。親の願いをかなえてあげるなんて、ボクってばほーんとできた息子だよ」


 ノゾーキは品質管理をチェックしつつ、案山子男が倉庫に来ないことをたしかめる。


 そして、にちゃりと笑った。


「ふ、ふひっ。それじゃあ、お楽しみといきますかねえ」


 ノゾーキは倉庫の隠し扉を音立てないように静かにあける。

 狭い通路をつっかえないように歩いて行って、隠し部屋に向かった。


「美少女二人組とかツイているねえ。一人は童顔巨乳、一人は中性美人だもん」


 隠し部屋はこじんまりとした場所だったが、ここには手間暇と金をかけている。


 ノゾーキは壁に耳を当てる。

 壁向こうの試着室から女たちの声が聞こえてきた。


『リン君、本当に肌が綺麗になりましたねー。ちょっとうらやましいです』

『お、おい、ちゃんと装備を見てくれって』

『見ていますよ。胸の形がくずれないような装備を選ばないといけませんね』

『形なんてどーでもいいからさあ』

『よくはありません。すこし胸を触りますね』

『ひゃうわっ⁉』


 中性美人の可愛らしい声が聞こえた。

 まさか女物の装備が初めての客かと、ノゾーキは鼻をふくらませた。


「こいつはおシコり甲斐があるねえ……」


 下半身がすでにギンギンで痛いぐらいにはちきれている。

 自分とはまったく縁のない綺麗な女が、勇敢で強い女が、未来あふれる輝かしい女が、自分みたいな存在に綺麗な肌を見られる。


 まばゆい存在をふらちな視線で穢して、思いっきりしごくのは最高の悦楽だった。


「ふひっ、女騎士用の装備も仕入れようかなあ」


 もっとも脅すつもりなんてない。

 想像では穢しまくるが、あくまで趣味。彼女たちとは関わることなく、安全な位置から穢してやるのが通だとノゾーキは考えている。


 試着室からは、なにも聞こえない見えないマジカルな術がしかけられている。


 そこは、マジカルマジックエロミラー室。

 金は浪費したが、自分の欲のためなら手間は惜しまない男ではあった。


「さてさてさて! おシコりシコシコを楽しませてもらいますかねぇ!」


 小窓をあけたら、美少女の生お着替えシーンが待っている。

 ギンギンの下半身を痛いぐらいにシコシコしてやろう、そう思っていたが。


「っと、チリ紙を忘れたや。また戻るのは面倒だな……」

「――こいつか?」

「お、ありがと……うぉう⁉」


 夜が形になったかのような真紫の騎士が側に立っていた。

 兜つきの全身鎧フルプレート。鎧の装飾はきめ細かく、神殿の近衛騎士を彷彿させる。どうみても堅気ではない。暴のものだ。


「な、なんだ、お前は⁉⁉⁉」


 紫の騎士が名乗りをあげる。


NTRネトラレ守護騎士、百合も純愛かなとは考えている者」


 ノゾーキのギンギンだった下半身が一気に萎えてしまう。


 間近から浴びせられる殺意に腰をぬかしかけたが、今すぐ逃げなければいけないと本能が訴えてきていた。しかし。


「開幕NTRバスター」

「うぐええええええええぇ⁉」


 騎士の影から大剣が飛びてきて、ノゾーキの胴体をつらぬく。

 ノゾーキは勢いよく壁にはりつけにされてしまう。


「ぎゃあああああ⁉ し、死んあだああああああ⁉」

「……やはり隣の部屋に声は漏れぬか。死んではいないぞ。痛みもないはずだ」

「え? あ? ほ、本当だ……」

「NTRバスターは火力を調整できる剣。火力を0にした状態ならダメージは負わない」


 紫の騎士がガチャリと迫る。


「ひっ⁉⁉⁉」


 危ない橋は絶対に渡らずに、危険なことは他人任せだったノゾーキは生まれて初めて己の死を感じてしまい、がたがたと歯の根をふるわした。


「な、な、なんなんだよぅ、アンタはぁ……」

「いつもの音楽が、俺の頭で流れてきたのだ」

「は???」

「貴様の頭に❤マークはなかったから直接的なエロシーンには繋がらないのだろう。しかし間接的な……本人たちには影響がない、セクハラまがいのエロがあると俺の【スケベを伝える】能力が伝えてきたのだ」

「わ、わけがわからないよ⁉」

「俺はこの力を風の町スケベウインドからあやかり、【スケベーセンス】と命名する」

「だからなんだよ⁉ いつもの音楽ってなにさ⁉」

「いつもの音楽は、いつもの音楽だ」


 いつもの音楽。

 それはエロ同人RPGのエロシーンで流れるいつものBGMのことだ。


 エディターに添付されているBGM素材で、不安をあおりつつも、なんかちょっといやらしい感じがする曲調だから、エロRPGのクリエーターたちがこぞってエロシーンによく利用する。


 怪しい店主が女主人公に睡眠薬を盛る。

 邪悪神父が神の名のもとにエロセクハラする。


 そういったシチュエーションにどんぴしゃな、不安でスケベな感じのする曲調だった。


「いつもの音楽が流れたからってなんなんだよぅ⁉⁉⁉」


 そんなことをしらないノゾーキは泣き叫んだ。


 紫の騎士は淡々と告げる。


「貴様のエロは、ゲームでは立ち絵程度で済まされる軽めのエロシーンなのだろう」


 言っていることがなにひとつわからないが、ノゾーキは助かるのではと思った。


 紫の騎士は、自分の所業を軽い罪として認識しているようだ。ならばいっちょ、ここはへこへこと泣いて媚びようとノゾーキは考えたのだが。


「よって貴様の目を斬る」

「よって⁉⁉⁉」

「あるいは精巣を斬るか」

「あるいは⁉⁉⁉」 


 罰が重すぎないか、ちょっとのぞいておシコりしようとしただけじゃないか。


 そんなことは言えなかった。

 紫の騎士からだだ漏れる殺気は尋常じゃない。奴にとって踏んではいけない魔術地雷を踏んだのと、ノゾーキは直感で悟る。


「それともこの店すべてを斬るか」

「こ、この店は、ボ、ボクの両親がつくった大事なお店でぇ……」


 店に思い入れなんてない。親の期待なんて面倒だと思っている。

 でも、いい感じの泣き落としに使えるんじゃないかとノゾーキは期待した。


「貴様の両親?」


 紫の騎士は黙ってしまう。

 もしやこいつ、性根はアマちゃん大馬鹿やろうかと、ノゾーキは内心でほくそ笑む。


「そ、そうなんです。ぼくの大事な両親がつくった、大切なお店で……」

「その大切な店を貴様の欲望のために改造したのか?」

「え。あ。その……い、いでええええええええええええええええ⁉⁉⁉」


 胸に刺さった大剣から激痛を感じた。

 騎士の言うとおりなら、大剣の火力をあげたのだ。


 焼けるような痛みでアブラ汗が流れる。ノゾーキが死ぬほど苦しそうに呼吸をしていると、紫の騎士が選択を迫ってきた。


「選べ、目と店を斬られるか」

「いだいよう! いだいようおお!」

「精巣と店を斬られるか」

「だ、だれか、だすげでくれようううううううう!」

「答えを先延ばしたところで無駄だ。貴様が選べ、今すぐに」

「ひいいいいいいいいいっ⁉」


 ノゾーキはいつだって大事なところで選ぶことはしなかった。

 だからこそ、目か精巣か、痛くても選ぶことができずにいた。


 もし『目や精巣は斬ってもいいので、両親の大切な店だけは許してください』と懇願すれば、紫の騎士は許したであろう。


 けれど、そうはならない。

 そういった人間性だからノゾーキは今、選択を迫られていた。


「わがらない……わがらないよぅ」


 いっこうに決めようとしないノゾーキに、紫の騎士の圧が高まった。


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 いつもの音楽の曲名は『Dungeon1』です。

『エロRPGゲームのエロシーンでよく使われるBGMだよー』と、明日使えるか本当にわからない無駄知識としてお納めください。

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