Sideスラムの王:紫の騎士
陽の落ちたスラム。
立派な屋敷で、スラムの王ベゼルは満足そうに唇をゆがめた。
豪華なソファに座り、血がしたたるロースト肉を食べて、酸味の強いアルコールを胃に流しこむ。下半身がうずけば、人を脅して犯せばいい。異性とお付き合いしたことがない生娘を犯すのがベゼルの好みだ。
貴族のような面倒な決まりごともなく、ただ快楽のかぎりをつくす。
怠惰で、退廃的で、刹那的に欲を貪っていた。
「くくっ……人は金になるわな」
スラムは人材の宝庫だ。
危険なダンジョンの囮。怪しげな人体実験。健康的な臓器。性奴隷。
無遠慮に消費していい命がたくさんある。
文字通り、人が金になる。生きているだけで価値なのだ。
「死んでも誰も悲しみやしねぇ……。それどころか自ら命を捧げる馬鹿ばかり」
ここに堕ちてきた人間は誰もがマトモな生活を願っている。
だから囁いてやればいい『今日を捨てることで輝かしい明日がやってくる』と。
そんなものは絶対にこないとベゼルは知っていたが。
「てめーらの明日なんぞ知ったことない奴ばかりなのによ」
ベゼルはテーブルを見つめた。
注文書には『調教済みの美しい男子。四肢がなければよし』と書かれていた。
「ははっ、事業はまだまだ安泰だな」
この作業は見物しよう。
さぞ愉快な光景をおがめるだろうと、ベゼルはほくそ笑んだ。
と、異様な圧を感じとる。
「あん?」
ベゼルは武人ではない。
気配を感じとることなんてできない。それでも肌がひりつくし、背筋がむずかゆくて嫌な汗が流れた。
これは殺意だ。
圧倒的で禍々しい殺意が近づいてきている。
「誰かいねぇのか! 様子を見てこい!」
部下たちの悲鳴が返ってきた。
「うぎゃあああああああああ‼‼‼」
「誰だてめぇ‼ あぶば⁉ べっええええ!」
「な、なんでオレの下半身が転がってるんだよ⁉ ぐぇあ‼」
「た、たしゅけ……やだぁ……」
何者かが圧倒的な暴力で部下を屠っている。
ガチャン……ガチャン……と、重い金属の足音が聞こえてきた。
ベゼルが呆然としていると、悲鳴がすぐ間近でひびく。
「殺さないでえええええええっ、えぶ」
断末魔が不自然に途切れた。
頭が粉砕されたのだと察して、ベゼルはダスティン鋼で作られたナイフをにぎる。それなりに強いモンスターでも紙のように切り裂く業物だ。
ガチャンと、足音が止まった。
「……鍵はあいている。入りな」
強がりでもなんでもない。
ベゼルは勝機があるからソファに座ったままでいた。
ぎぎぎと、静かに扉があく。
そして闖入者が部屋にガチャリと入ってきた。
「んだぁ? てめぇ……」
夜が形になったかのような真紫の騎士だった。
兜つきの
鎧の装飾はきめ細かく、神殿の近衛騎士を彷彿させる。ただ不気味なほど紫色で返り血を浴びていた。
紫の騎士が名乗りをあげる。
「
ベゼルは露骨に顔をしかめた。
「ねとられ? は? なにを言ってやがる」
「貴様に破滅を届けにきた」
冷然と、自分の勝利を疑っていない声色。
ベゼルはやれやれと嘆息つく。
「はあ……今日は大馬鹿がよく湧く日かよ」
「ずいぶんと余裕だな。貴様の部下は助けにこないぞ」
「クソザコ共に期待はしてねーよ。オレ様一人で十分なんだわ」
ベゼルは指をぱちんとはじく。
部屋に仕掛けていた魔術スクロールが起動して、電撃と火炎が紫の騎士に襲いかかった。
しかし騎士は自信があるのか避けようともしていない。
「耐魔の鎧だってか⁉ それ意味ねーんだわ!」
ベゼルは以前、とある闇商人から
世界に一品しかない代物らしく、ずいぶんと値が張ったがそれだけの価値があった。
「この屋敷じゃな! オレ様以外の魔術効果は弱体化するんだわ!」
強い魔術なら減退して、弱い魔術なら使用不可になる。
アーティファクト【ココイマカラ】。
ゲーム内でアルルとリンが遅れをとった理由でもあり、紫の騎士の耐魔効果も意味をなさないはずだった。
「はあ……?」
黒煙をつき破って、紫の騎士が姿をあらわす。
傷一つもついていない騎士にベゼルは息を呑み、一瞬で思考を切りかえた。
「へー? 強いじゃん」
「降参か?」
「許してくれんの?」
「まさか」
「だろうなー。オレ様はさー……勝てない相手には逃げる主義なんだわっ!」
ヤらなければヤられる。
ベゼルはブラフをかけてから、ナイフをかまえて高速移動する。
ココイマカラは自身の魔術効果もあげる。屋敷に仕掛けた
ベゼルはこの屋敷では間違いなく無敵だった。
「死ねや! イカレ野郎! ……なっ⁉」
ナイフは首に押しこんだ。
なのに紫の騎士は微動だにしなかった。
騎士がギギギと動いて、ベゼルの顎にアッパーカットを叩きこむ。
「げぶ⁉」
ガンッガンッと、ベゼルは天井と床をボールみたいに跳ねまわる。
豪華なソファに落下して、破片が突き刺さったのか口から血しぶきを吐いた。
「あ……がっ……⁉ はっ……げほ……!」
「力量を見誤ったな」
ガチャリ、ガチャリ、と紫の騎士がトドメを刺しにやってくる。
死の足音にベゼルは観念してナイフを捨てた。
「へ、へへっ……いいぜ。殺せよ」
「切り札を隠したところで無駄だぞ」
「なにも隠してねーよ。オレ様の番が回ってきたってだけだろ……」
弱いモノが強いモノに嬲られる。
当たり前の現実があるだけだと、ベゼルは死を嘲るように笑った。
紫の騎士が足を止める。
「なにか勘違いしているようだが」
「あん?」
「俺は復讐者じゃない。踏みにじられた尊厳に安らぎを与える……略奪者だ」
イカレ野郎が意味のわからないことを口走っている。
ベゼルがそう思っていると、紫の騎士は呪文のように告げる。
「純愛破壊せし者を断つ剣。こい、【
騎士の足元の影が渦のように歪んだかと思うと、大剣がズズズッとあらわれる。
刀身は鋭利でどこまでも殺意にあふれているのに、穢れを感じさせない妙な剣だった。
紫の騎士は大剣をつかむと、悠然とかまえた。
「はっ……けっきょくはぶっ殺すんじゃねぇか……」
「NTRバスターは火力を調整できる剣。この剣が断てぬものは純愛のみ」
「ごちゃごちゃ言ってねぇで、さっさと斬りやがれ!」
「すでに斬った」
紫の騎士は大剣を肩に担いで、背中を向ける。
そしてガチャリガチャリと鈍い足音を立てて、部屋から去ろうとする。
ベゼルは隙だらけの背中を刺すべきか考えていると、手足が動かないことに気づいた。
「なんだってんだ? あ……」
手足が動かないんじゃない。
両手足が床にぼろりと転がっていた。
痛みもない。血も流れていない。
最初からそうだったように四肢が斬られていた。
「お、おい! どういうことだ⁉」
「甘々ラブちゅっちゅを知らぬ者よ。そこで乾いて、朽ちていけ」
紫の騎士は用件がすんだとばかりに部屋から去っていく。
四肢を失ったベゼルが混乱していると、パチパチと火の爆ぜる音が聞こえてきた。
「マジかマジかマジか! あ、あの野郎! ふざけやかって!」
黒煙が部屋に入ってくる。
あの騎士が屋敷に火を放ったのだ。
「ちくしょう! 火を放ちやがった!」
火の回りは遅い。
部下以外の人間を逃がすためか、あるいは自分を嬲り殺しにするためか。
四肢を失ったベゼルは破片だらけの床を必死ではいつくばり、部屋に仕掛けた脱出用の隠し穴まで向かう。
「くそう……て、手足があれば……くそう!」
いつもなら数秒で済むことが、今は数時間にも感じられた。
熱気がどんどんと押し寄せる。
焦燥に駆られながら壁まで近づき、仕掛けスイッチである人間の頭蓋骨を見あげた。
「と、とどかねぇ……! とどかねぇよ……!」
立ちあがることができれば届いたのに、今は断崖絶壁のように遠い。
「た、たす……」
泣き叫びそうになった自分を律した。
自分は敗北者だが、スラムのクソザコ共ではない。
今まで食い物にしてきた奴らと同格に堕ちるつもりはなかった。
「オレ様は奴らとは違うんだ……!」
剥きだしのナイフを口に咥えて、何度も仕掛けスイッチに投げつける。
舌が裂けて、口がズタズタに切れたが、ベゼルはそれでも希望にすがった。
「はぁ……! 届け、届けよっ‼ ごほっ!」
ナイフは届くことはなく、部屋の熱気がひどくなる。
死を受けいれるべきかと思ったそのとき、天井の一部がくずれて、頭蓋骨の仕掛けに当たった。
部屋の隅っこでバカリと隠し穴がひらいた音がした。
「は、はははっ! さすがオレ様だぜ‼ 屑共とはちがう!」
豪運に歓喜しながらズリズリと這っていく。
ひらいた穴の先では輝かしい明日が待っていると信じていた。
だが、ベゼルは愕然とする。
「穴が……ふさがっている……?」
仕掛け穴が岩でふさがれていた。
ここからは絶対に逃げられない。
必死の思いで仕掛けを起動したのに、すべてが無駄な行為だと悟ったベゼルの心は絶望におおわれる。
「いやだあああああ! 死にたくねえええええええ! 死にたくねええええよおおおおおおお! だ、誰か助けてくれえええええ! 金はやる! オレの手足が欲しけりゃくれてやるよううううう! だ、だから助けてくれええええ!」
今日を犠牲に助けを叫んだベゼルに、明日を奪う火が迫った。
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NTR守護騎士。甘々ラブちゅっちゅを守りし者。
明日も更新! 合言葉は『作品の概要ページから☆☆☆などで応援していただけると作者が喜びます!』です!
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