第4話

 学生時代の話が一巡すると、仕事の苦労話大会になった。それぞれが現状を報告した。コロナで業績が下がっている会社も多いらしく、世の中大変みたいだ。

なんだかんだ言って、みんな頑張ってるんだな。私も頑張らないといけないと思うけど、なにをどう頑張ればよいのか分からなかった。

「みんなにとって、成長ってなに?」梨花が唐突に言った。

「成長ねぇ。1年目にはわからんね。なんか先輩の足を引っ張るばかりで」と翔太が言った。

「例えばさぁ、収入を上げたいとか、投資して利益を上げたいとか、考えない?」

 梨花の顔がギラギラしてるように感じた。化粧の厚みが違う。私なんて薄いファンデにリップしかしてない。まだ学生に見えるかな?と密かに考えてみた。みんな老けたように見えるけど、梨花だけが妙なオーラを振りまいていた。

「自分が成長してるって実感できるって、大切なことだと思うんだよね」梨花が言った。

「そんなこと言って、お前は成長してるのかよ」渉が言った。

「私はいま成長してる真っ最中」三流モデルの作り笑顔のように頬を上げた。

「ひょー、コロナのなか成長とは、見上げたもんだな」

 梨花が袋をひろげて、みんなにクッキーを配りだした。

「ちょっと、なにこれ?」聡美さんが言った。

「みんなにプレゼント。久しぶりに会えるから、嬉しくて焼いてみた」

 熊の形をしたクッキーが入った袋を全員に手渡した。

「お菓子作る趣味なんてあったっけ?」

「始めたんです。成長するために。自分に投資ってやつです」

「意味が分からんな」渉が言った。

「だって、人と人とのつながりって大切でしょ」

「それでクッキー?」

「あー、馬鹿にしたな。クッキーだって馬鹿にできないんだからね」と言って大げさなスマイルを作った。「みんなさ、仕事でつまづいたり、うまくいかなくてストレスがたまったりすることってあるでしょ?そんな時はどうしてる?」

 誰も梨花の質問に答えなかった。明らかにハイテンションな梨花の口ぶりに、やや引き気味になっていることが分かった。

「私はね、通帳を見るようにしてるの。毎月のお給料を確認して、自分の足で立っていることを実感するようにしてるんだよね。そして、そのお給料が徐々に上がってくのを見るって、気持ちがいいじゃない。それを励みにしてるんだ」

「給料が上がってくって、お前、こんな状況で昇給してるの?信じられないなぁ」沈黙していた翔太が言った。

「もち。頑張れば頑張ったなりにお金をもらえるのが世の中ってものじゃない?」

「かー、もう世の中のこと分かってんのか。大したもんだな」

「簡単なことだよ。みんなも頑張ればお金稼げるようになるよ」

「てか、お前なんの仕事してるの?」

「ネットワークビジネス。簡単に言うと投資の会社かな」

「何それ?」渉が言った。

「ウォーレン・バフェットって知ってる?アメリカの凄い人。投資で何十億も稼いでるの。うちは投資会社なんだけど、社長が凄い人で、バフェット目指して会社を成長させるために頑張ってるんだよ」

「なんとなく聞いたことあるけど、俺には関係ないな」

「関係なくないよー。世の中は投資で成り立ってるんだよ」

「そんな話、初めて聞いたぞ」

「んー、無理もないかな。普通の仕事をしてたら、投資の重要性は分からないかも。世の中の裏側で社会を支えてるんだよ」

 だんだん場がしらけてきた。梨花の物言いに、みんな完全に引いている。

「今日はさ、みんなにも一緒に成長してもらいたいと思って、新規の投資案件を持ってきたんだよ。普通の人は入れないんだけど、私の知り合いなら特別に加入させてくれるって社長に言われたの。数万円くらいからできるから、給付金で投資する人も多いんだよ」梨花の勢いが止まらない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る