第11話

 翌週になった。梨花は私の家で巣ごもりしていた。梨花の上司からはなんの連絡も入らなかった。梨花と私の母は馬が合うようで、二人にとって良い気分転換になっていたようだ。

 火曜日。バイトが終わると、聡美さんからメッセージが入っていた。

“MSホールディングのニュースみた?”

“見てません。なにかあったんですか?”

“警察が入ったって。梨花ちゃんはどうしてるの?”

“私の家にいます”

“なら良かった。そのうち警察から連絡がいくと思うけど、梨花も被害者だし、怖がることないからって言ってあげて”

“わかりました。ありがとうございます”

 急いで家に帰ると、母と梨花が深刻な顔をして向き合っていた。

「お帰り。なんか梨花ちゃんの会社が警察沙汰になってるんだって」

「うん。聞いた」

「詐欺だって。どうやら梨花ちゃんも騙されてたみたいなの」

「そうらしいね」

「社長や幹部が捕まってたけど、梨花ちゃんの上司も入ってたらしいのよ。警察から事情聴取を受けるかもしれないって」

 梨花は黙ってうつむいていた。

「大丈夫だよ。梨花だって被害者なんだから」

「でも、私も逮捕されるかも」梨花がボソッと言った。

 母が驚いた顔をした。

「なんでよ。梨花ちゃんだって騙されてたんでしょ」

「でも、勧誘してお金集めたし、共犯者ってことにならないかな」梨花が泣きそうな暗い笑顔を作った。

「そうはならないんじゃない」母が言った。「会社にやらされてたんでしょ。どんな会社かもしらずに、間違ってブラック企業に入ってしまった可哀想なお嬢さんって感じじゃないかしら」

 梨花は無言でうつむいていた。

「とにかくさぁ、警察から連絡が来ても、正直に話せばいいんだよ。実際、会社のことなんてなにも知らなかったわけだし」

 梨花は黙って頷いた。

 翌日、警察から連絡が入り、事情聴取を受けるために警察署に行った。私はバイトが休みだったから、母と付き添いで警察署へ行くことにした。車の中で梨花が解放されるのを待っていた。2時間くらいして、梨花がとぼとぼ歩いて出てきた。相当手厳しい尋問を受けたみたいだけど、無事解放されたようだ。

「怖かったよー。初めは私も共犯者じゃないかって疑ぐられてて、犯人扱いされた気分だった」

「それで?」母が神妙な顔で言った。

「とりあえず今日は帰っていいから、なにかあったらまた呼ぶからって」

「でも無事釈放されて良かったわ」母が心から安心したように頷いた。

「幹部の人たちのことは何か言ってた?」私は言った。

「なにも教えてくれなかった」

「何はともあれ、とりあえずひと段落だね」

「うん。今までどうもありがとう。多佳子とお母さんがいなかったら、私、どうにかなっちゃってたかも」

 母さんが梨花の手を握った。こんなに優しい顔、見たことない。

「梨花ちゃん。まだ100%安心とは言い切れないけど、とりあえず会社とは縁が切れたことだし、これからのことは焦らないでゆっくり考えればいいからね」母が言った。

「はい、ありがとうございます」

「念のためだけど、弁護士さんには相談しておいた方がいいかもしれない。信頼できる弁護士さん紹介するから」

「はい、そうさせて頂きます。本当にありがとうございます。それから、今日からアパートに戻ります。もう大丈夫そうなんで」

「うん。そうだね。寂しくなるけど、そうした方がいいね」私は言った。

「こんな私でも寂しいって言ってくれる人がいるなんて」梨花の目から涙が溢れ落ちた。

 その涙を見て、私は明日の朝、5時にベーカリーに行くことを決心した。

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ベーカリー @kujira_23

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