第6話
駅前を離れ国道に入った。
梨花が突然、泣き出した。
「ど、どしたの?」私は前を向いたまま声をかけた。
「私さぁ、どしたらいいのかな?」
「どしたらって、なにを?梨花は順調に成長してるんでしょ?」
「んーん」といって大きく首をふった。
「私なんてパン屋でバイトしてるだけだし、ちゃんとした身なりで登場した梨花を見て、すごいなーって思ったんだよ」慰めるために、心にもないことを言った。「梨花の勤めてる会社の社長さんって、すごい人なんでしょ?」
「分からない」
「なんとかビュッフェだって言ってたじゃない」
「バフェット。あれ嘘。そうやって投資する気にさせるようにって指導されてるの」
なにを言ってるのか理解できない。
「でも、みんなに得させてるんでしょ?」
「分からない。私だって最初は投資したお金が徐々に増えていって、その気になってたのに、気づいたら一千万のマイナスで、会社から借りてる形になってるの。だから、出資者を募って、もっと投資額を大きくしないとダメだって幹部に言われて」
ますます訳の分からない話だ。
「そこって就職した会社なんだよね?」
「んーん」梨花が小さな音を発した。
「えっ、就職したんじゃないの?」私は驚いて梨花の方を向いてしまい、危うく縁石に乗り上げそうになって急ハンドルを切った。梨花の頭が操り人形のように大きく揺れた。
「私も、就活は全滅だったんだ。仕方ないから今の会社でバイト始めたの。時給も良かったし、頑張れば社員に昇格できるって言われて。それが、なんか勧誘員みたいな仕事で、SNSで声をかけたり、イベント開催したり、そんな感じ。一人勧誘すると、投資額に応じてリターンが入るから、舞い上がっちゃったんだよね。そしたらそれなりに勧誘できちゃって、そこそこお金が入ったんだ」
「そうだったんだ。でも、コロナで人なんか出てなかったでしょ?どうやって勧誘したの?」
「それがさあ、国から10万円配られたでしょ。給付金。あれ、持て余してた人が意外と多くて」
「ふーん、そうなんだ」
「それが一巡したら勧誘できなくなっちゃって」
「そりゃそうだよね。でもどうしてマイナスになっちゃったの?」
「レバレッジかけてたら、損切りされちゃって」
「レバレッジ?なにそれ?」
「うちの会社のシステムで、手元の資金を10倍にして投資することができるの」
「そしたら大儲けじゃない」
「んーん、レバレッジは勝ってるときはいいんだけど、マイナスになると、その分、損益が大きく膨らんじゃうの。あまりに損が大きくなるとそこで取引停止されちゃって、資金を回収されちゃうの」
ますますちんぷんかんぷんだ。投資の話も、そんなことに首を突っ込む梨花のことも。
「私が集めたお金は私が投資責任者として運営してよくて」
「じゃあ」
「そう。集めたお金を失っちゃた。それだけじゃなくて、会社に大きな借金も作っちゃって」
話を聞いていて、なんだか気分が悪くなってきた。私は無言で運転を続けた。唇の端が糸で結ばれたようだった。
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