ベーカリー
ななしのかかし
第1話
大学を卒業して1年が経った。この1年、コロナのせいで色々な活動が制限されてきたけど、就職に失敗して、もともと出不精だった私にとっては、それほど大きな変化はなかった。それに、この地方都市では、東京と違って感染者もそれほど多くなかったから、マスクや消毒はしてたけど、正直どこか遠い場所の出来事のような感じもしていた。
4月に入り、梨花から連絡が入った。緊急事態宣言も終わったし、久しぶりにサークルのみんなで集まりたいって。私は梨花から幹事を頼まれた。言い出しっぺがやればいいのに、なんで私が?って思ったけど、私が一番暇そうだし、まぁいいか。
そういえば最近、ライン・グループに動きがない。卒業してから3か月くらいは毎日書き込みがあった。あの頃はちょうどコロナが増えてトイレットペーパーやマスクが買えなかったときだから、よく覚えてる。就職したとたんにコロナ禍に当たってしまったこともあり、皆、愚痴や泣言を言い合って、慰め合っていた。学生気分のかけらもないやり取りに、就職すると変わるもんだなと思った。
私は企業には就職せずに、地元のパン屋でバイトをしている。就職しないでというか、ほんと言うと、できなかったんだけど。就活してたときはまだコロナの前だったというのに、就職できなかった私は、よほど能力が低いのだ。
就活は地獄だった。初めは全国に名の通った会社の支店にエントリーしたけど、東京からリターンしてきた頭の良い人たちと競っても勝てる訳はなく、どこにも採用されず。それから地元で名の通った会社、といっても製造業がほとんどだけど、全滅。中小企業でも「自分の強みはなにか」とか聞かれて、私はしどろもどろでなにも答えられなかった。
私に強みなんてあるのかしら?日本語はちゃんとしゃべれると思うけど、英語はまったくダメだ。計算は得意じゃない。コミュニケーションは、苦手というほどじゃないけど、他人との距離を自分から積極的に縮めるのは苦手。容姿端麗でもない。そうやって考えると、私に強みなんてない。
それに地元の三流大学卒じゃ、戦力になるなんて思われない。私だって大学でなんの勉強したんだか覚えてないし、学部の名前さえ忘れた。たしか生活なんちゃら学部に入学したと思ったら、途中から情報なんちゃら学部に名称が変わった。意味が分からなかったけど、勉強してないことに変わりはなかったから、学部名なんてどうでもよかった。今更ながら、専門学校にでも行っとけばよかったと後悔してる。
それから、仕方なく建築会社に応募した。社長さんがギラギラしてて怖かった。自分には合わないと思ったから、建築会社はやめた。あと残ってるのは、中古車屋だの飲食だので、おおよそ就職といった雰囲気ではなかった。
サークルのみんなはどうしてたっけ。ほとんど地元の中小企業に就職したはずだ。製造業とか、事務職とか。
私はラインの地域文化研究会2020卒グループを開き、メッセージを打ち込んだ。
“久しぶりー、多佳子だよ。みんな元気?仕事は慣れた?梨花が久しぶりにみんなで集まりたいって言うんだけど、どうかな?”
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