空蝉や恋心だけ秘めにけり

実らないと分かっていても、加速してしまう恋心。

小学生の恋物語。ゲンちゃんはまだそれが初恋とすら自覚してないかも知れません。
レイちゃんの方が成長が早くて早く恋に目覚めてしまってる。その孤立感や、転校を控え一刻も早く友情ではなく恋だと認識を改めて欲しい焦燥感を、つよい関西弁で隠して物語は展開されます。

切ない胸の内を隠し、明るい関西弁キャラという役割を演じ、恋に目覚めていないゲンちゃんと一緒に蝉取りに興じる姿はなんとも哀しい。

「ゲンちゃんがとってくれへん?」

レイちゃんはまだ本当にクマゼミを欲しがっていそうですが、すでに蝉ではなく「ゲンちゃんが獲ってくれたクマゼミ」に興味が移ってるかも知れず、小学生は複雑な時代だと改めて感じます。

気づかれぬまま、恋の抜殻のみを残し、もう羽化しなければいけない想いは無念だったと思います。
そしてゲンちゃんが、胸の中にある輝くものの正体が初恋だったと気づく頃には、もうレイちゃんは飛び立った後です。この時間差はとても切ない。

虫かごから放たれた蝉が空へ飛び立つシーンがあるのですが、教室という虫かごに閉じ込められていれば一緒にいられた二人も、解き放たれ大人になってしまえば、再会する確率は、抜殻から飛び立った蝉が再会する確率に等しいのです。

蝉たちは夏が終わるとみんな死んでしまいます。 
蝉たちが産まれたことさえ記録されないように、レイちゃんの片思いも歴史には残りません。

その歴史に残らない蝉や、小学生時代のリアリズムを、若年の心理描写に天性がある作者様が、なんとか消えないよう執念深く書き留めようとしています。

空蝉は幼年時代の象徴です。そして光は宇宙から放射される過去の姿です。
セピアに光っているなら、それは思い出、幼年時代に置き去りにした恋心だと思います。
そしてそれが大群となるとき、作中、セピアの宇宙を生じます。

幻想的な輝きに圧倒されるとともに、
この作者様は七夕を連想してしまうのですが、織姫と彦星のように、無限に近い時間を経てもまだお互いを忘れ得ぬ、そして結ばれ得ぬような悠久の片思いを感じました。

それでもいつか、二人が再会できることを願ってやみません。

心を動かす作品。

玉稿賜りました。
ありがとうございました。