第11話



「回るか」


 床、壁を縦横無尽に駆ける。

 身を包む闘気のおかげで身体が軽く感じる。


 敵の背後から遠心力を利用した回転蹴りを浴びせ、前のめりに倒す。

 次の動作へ移行し、脚を自分の顔の横にくるほど大きく上げた。


「ッ!?」


 敵がそれに気づき、動揺したような表情になる。



 ――――踵落とし



 鈍い音とともに石が砕ける音が響く。

 落とされた場所の床は大きく歪み、霧散した粒子が周囲に広がった。


「……ふぅ、これで3体目」


 ボスを危なげなく倒し、一息つく。

 そして闘気を収めぬまま、次のダンジョンへ向かう。



【寝てた】

【寝るな】

【闘気の扱いがドゥンドゥンうまくなってるな】

【身軽になった分、速くなったか?】

【まだまだ無駄が多いな】

【おっさん頑張るねえ】

【これで無駄が多いのか】

【闘気漏れてるから無駄があるといえばそうなんだけど……】

【あー、闘気を閉じるってやつ? アレ無理じゃね】

【1級のアタシでもできないっての】



「闘気を閉じるってなんだい?」



【聞かれてたか】

【そりゃ(見えてるんだから)そうでしょ】

【簡単に言うと闘気をお漏らししないってこと】

【体内で延々と闘気を循環させるんだよ】

【実際できてる人っているの?】

【特級に何人かいたはず】

【1級にも1人いなかったっけ】


 自分の手をじっと見つめる。

 白い闘気がゆらゆらと見えている。


「これが無駄な部分ってことね。

 たしかに体内から漏らさず延々と使えれば今よりずっと楽になりそうだ」



【ふむ、それだけではない】

【なぬ】

【貴様ッ! 知っているのかッ!】

【一切の闘気を漏らさぬということは神業とでも言うべき緻密な闘気操作ができる。それすなわち……】

【急に雰囲気変わったな】

【す、すなわち……?】


【天下無双最強の一撃を繰り出せるということにほかならないッッッ!!!】


【な、】

【なにぃぃぃぃ!?】

【すまん腹痛い】

【吹いた】

【ちょ、コーヒー吹いちゃったじゃないのっ!】

【勢いで笑う】



「あ、あー。うん」


 コメント欄の流れからちょっと茶番臭い雰囲気は感じていた。

 とはいえ、あながち冗談というワケでもないようにも思える。


 闘気の緻密なコントロールが重要なのは闘気を持つ探索者なら感覚的に分かる。

 特に"闘気の変質"を体験した人ならなおさら強く意識する部分だ。


「でも"閉じる"か。うん、ちょっと意識しながらやってみよう」



【えらい】

【よしよしえらいぞー】

【おっさんだぞ】

【そこがいいんじゃん】

【わぁ】

【すでにおっさん幼女に癖を破壊されてしまったのか】

【なんだ仲間じゃん】



「はーいはい。どうもね~」


 いつものからかい癖のあるコメント欄の探索者たちを流しつつ、入り口目指して駆けていく。























 ――――5級ダンジョン"ハラノ"




「本日4つ目のダンジョンに到着」


 周囲を見回すとぽつりぽつり人がいるくらいで、新人探索にも不人気のダンジョンのようだ。

 それもそのはず。ここには氷雪系の攻撃を得意とするスノウリザードやアイスゴーレムが出現する。

 特に新人の装備はそれらの攻撃によって壊れやすいものが多く、圧倒的な戦闘能力でゴリ押すか耐性のある装備を身に着けるか。といった具合になる。


 ダンジョン内に入ったところで、"ダンジョン撮影ビットくん"を宙に放り投げる。



【お、ご到着か】

【頑張るねえ】

【飴ちゃんをあげよう】

【アルコール入りチョコをあげよう】

【ちょ、未成年ですよっ!】

【超成人だが?】

【そうだ、超成人だぞ】

【成人と何が違うのよ】

【違いはない】

【え、成人……え?】

【初見の人は脳バグるよな、分かるよ】

【そっか、まずは癖を破壊するところから入るといいよ(にっこり】

【沼の住人たちワラワラ出てきたんですけど】



「こらこら、初めて見に来た人をからかわない。

 おじさんの配信は健全かつまったりを主題にしている綺麗なものなんだ」



【?】

【???】

【何言ってるんだろう】

【ちょっと意味が分からない】


 こめかみに青筋が浮かぶ。


「なるほど、なるほどねぇ~」


 "ダンジョン撮影ビットくん"を片手に持ち、投球をするように準備する。


【あ、待て】

【投げるな、投げるなよぉ】

【落ち着け】

【握るな】

【"ダンジョン撮影ビットくん"を投げちゃいけません!】

【めっ!】



「健全、だよねえ?」



【はい】

【ここは健全な配信ですっ!】

【良い子のみんなは真似しないでね!】

【悪い大人の溜まり場じゃないから安心してね!】

【新人ちゃんには優しくしよう】

【謙虚に、謙虚にね】



「じゃ、冗談はさておいて。早速行こうか。

 敵が集団で来た時はコメント一切見られないからよろしく~」


 常時纏う闘気を循環させるよう、強く意識。

 だが、少しだけ漏れ出る量が減った程度で、一切漏らさない状態とはとても言えない。


(一朝一夕で身につけられるものじゃないよねえ)


「ふぅ」と息をつき、一気に加速。

 ダンジョン内を高速で移動していく。



「すぅ――――」


 深く吸い込み、体内に酸素をよく巡らせる。

 そして、


 殴打

 飛蹴り

 踵落とし

 裏拳

 回し蹴り

 ムーンサルト


 様々な攻撃を以て敵を蹴散らす。

 その中で、霧散する敵から少量吸収されるラビリニウムを含んだ粒子による身体の強化を肌身に感じる。



【伊達に探索者歴20年以上やってるワケじゃないな】

【うまい】

【動きはよく洗練されてる】



 敵が集団で現れる。

 スノウリザード4体、アイスゴーレム3体。


「壁ね」


 ぼそりと呟き、地面を踏みしめ、壁へ向かう。


 トップスピードで駆け、壁面を走る。



【これ俺できないんだよなあ】

【私はできまぁす】

【ワシもできまぁす】

【ここぞとばかりに煽るな】

【俺もできますぅ~】

【うそこけさっきできない言うてたじゃろ】

【ブフォッ!】



 アイスゴーレムの背後に回り込み、背中に掌底をあてる。

 ふっ飛ばされたアイスゴーレムがスノウリザード2体を巻き込んで砕け散る。


 残ったアイスゴーレムの胴を破壊し、霧散する前にその破片を投擲。

 スノウリザードの頭部を正確に撃ち抜く。



【ひゅー】

【容赦ねえな……】

【これが対集団戦の戦い方ッ!】

【新人は真似するなよ】

【この辺はもう経験とか慣れなんだ】



 俺は敵の集団を片付けたあと、道中の敵を各個撃破。


「あっという間にボスゾーンだ」


 以前の男の時よりも感覚が研ぎ澄まされている。

 現時点で身体能力は劣っているが、それはいずれ異生物を倒すことで得られる地道な身体強化で越えていくだろう。


 間違いなく、俺は急速に強くなっている。


(あのボスドロップの影響は本当に性別だけではないよね。明らかに成長速度が段違いだ)


「ま、考えてもしょうがないか。今はお金をガッチリ稼がないと」




 俺は意気揚々とボスゾーンの扉を開き、ボス戦へ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る