ダンジョン配信おじさんがボスドロップで女の子になっちゃう話

深空 秋都

第1話

 ――――配信開始



「お待たせしやした~、今日も田舎ダンジョン周回しま~す」


【こんちは~】

【うっす~】

【よっ】


「よっ」


 宙に浮かぶダンジョン配信用の機材に向かって手を振る。


「毎回なんの芸も無いおっさんの配信見に来てくれてあんがとうね。

 まあ酒とかジュース、つまみやら準備してゆっくりしていってくんさい」


【銀のやつ用意した】

【安定のオレンジなドリンク】

【お茶とまんじゅう】


「はっはっ、慣れたもんだねえ君たちも」


 俺は携帯バッグの中身を整理しながら、視聴者の質問に答える。


【今日もいつもの4級?】


「そうだねえ。遠出は面倒だからいつもの4級。

 それに全く同じ場所さ。もうダンジョンの中だから分かりづらいだろうけどね」


【んじゃ3層ボスの素材売りメインね】


「んだね」


【おっさん今何級なんだっけ】


「一応準2級」


【おお】

【意外に高かった】

【あれ?】


「ん? どした」


【前に聞いたときって3級じゃなかった?】


「それは1年前だねえ」


【おっと】

【歳って怖いねえ】

【まだ26なんだけど!?】

【でも忘れてたじゃん】

【んぐぐァ】


「はっはっ、そりゃあ毎回配信に来てるわけじゃないしさ。そういうこともあるって」


【おっさん……すき】

【チョッろ】

【チョロチョロ】

【お茶吹いた】


「こんな40の下り坂に惚れちゃいかんよ。……さて、そろそろ行くかね」


 ダンジョン1層。

 4級はダンジョンの中では下から2番目の等級。

 探索ライセンス準2級の俺が単独で入場可能な最高等級だ。


 基本的に探索ライセンス等級と同級のダンジョンは4人。

 1つ下の等級は3人。

 2つ下からは1人での探索が許可されている。


「このダンジョンの1層にいる異生物についておさらいしながら行こうか。

 初見の視聴者さんも少しだけいるようだしね」



 視聴者数:18



【初見……だと!?】

【いるのか……私以外に】

【ほんとにいた】

【初コメントで笑う】



「いるねえ。

 で、ここは田舎の4級ダンジョンらしくベーシックな異生物しかいない。

 まず1層にいるのは"ヘビィリザード"、"デビルリザード"、"クリムゾンリザード"といったリザード系。

 こいつらはドラゴン系の下位種だけどブレス系の攻撃はできないんだ。


 っと、言っていたらお出ましだね」


 鉄でできた模型のような異生物が現れる。


【ヘビィリザードか】


「正解。

 それじゃ、チャンネル名から取って"ド田舎探索おっさんの日常"流の倒し方をお見せしよう」


【長い長い】

【おっさん流ね】

【変なとこで凝るのがもうおっさん】


 コメント欄を見て苦笑しながら、一息でヘビィリザードへ迫る。

 地面を蹴る、ということを強く意識することでしっかりと力が伝わり、推進力となる。


 リザード系は共通の特徴として、戦闘態勢に入ると自分を大きく見せようと二足で立ち上がる。

 これは彼らの習性なので、図鑑にも同様の記述がある。ただ、実際に読んでいる探索者はあまり多くない。


 立ち上がったヘビィリザードの顎に体重を乗せた拳を一発。

 無防備となった胴に回し蹴りを入れる。


【速ええ】

【殴りからの蹴りがめっちゃスムーズ】

【うまいっ!】


「ふぅ……リザード系はこんな感じ。

 おっさんは魔術とかの特殊な適性無いから、脳筋主義でごめんね」


【いやいや、参考になったよ】

【コスパの良い倒し方】

【華は無いけど、いいね】

【みんな素手でさらっと倒したことには何も言わないのね……】

【ほっほっ、このチャンネルは初めてか?】

【さっきの初見くんちゃん】

【このおっさんは素手が基本スタイルだ】

【遠距離攻撃も投石だぜ】

【原始スタイル】


「コスパ最高!」


【費用0円】

【武器のメンテいらず】

【俺も同じ原始スタイル】

【このチャンネルの真似してから出費が5割減りました!】

【急に胡散臭くなって笑っちゃう】


「でも実際さ、装備とかのメンテ費用高いでしょ?

 ダンジョン産の装備は鍛冶ライセンス持ってる人に頼まないといけないし、

 人工装備だってメーカー頼みだし」


 俺もかつてはメーカー製の装備を使っていたが、修理費用だけで報酬のほとんどが飛んでいった。

 その結果、手元に残るのはかろうじて食べていける程度。

 とてもじゃないが文化的な生活を送るには足りない。


【事実陳列はやめるんだ】

【ぐぅの音も出ない】

【マジで高すぎるんだよな】

【やっぱり自分を助けてくれるのは筋肉だけ】


「ほんじゃ、話してるうちにデビルリザード2体とクリムゾンリザード3体倒したし、

 3層までサクサクいきましょうか」


【普通に返事してたから忘れてたけどなんか倒してんな】

【さらっとすごいことするのやめて】

【これが準2級……ッ!】

【ッ!】

【おっさん……すき】

【↑それちょっと楽しくなってきてるだろ】


 コメントを流し読みしながら2層の異生物を通りすがりに屠っていき、異生物が霧散した後に落とすアイテムを回収する。

 亡骸の霧散という現象は慣れない内は違和感のある光景だが、そのうちそういうものだと脳が慣れていき、なんとも思わなくなる。

 それよりも異生物が落とすアイテムのほうに気が向くようになる。

 通称"ドロップアイテム"と呼ばれるソレは換金したり、装備を作る素材として利用されたりなど様々なものがある。

 特に希少性の高い素材は高額で取引されており、一攫千金を目指して上の等級を目指す人も多い。


 俺は安心、安全、命は大事にすることをモットーにやっているため、今以上の生活は望んでいない。

 だからこそ、俺は実力的に安全な4級の単独周回という夢のカケラも無い作業にいそしんでいるとうわけだ。


「よぉっし、着いたぞ3層手前。

 この先はいつも通りのボスゾーンだから身体のどこかに不調がないかだけ確認するよ」


 軽いストレッチを数分間。

 身体の各部位を軽く手で叩いていき、妙な痛みがないか確認していく。


「うん、異常無し。みんなもボスゾーンに行く前はしっかりと身体の確認はするように心がけよう」


【はーい】

【せんせーい、わかりましたー】

【はいおっさん】

【急に講座みたいだな】

【配信タイトルは"4級ダンジョンゆるり旅"なのにな】

【旅というかただの周回というか】

【日課だよね】


「配信の雰囲気も良くなってきたところで早速行こうか」


 俺は臆することなく、ボスゾーンの扉を開く。


 土臭い洞穴から雰囲気は大きく変わり、石造りの大広間となっている。

 ボスゾーンとしてはよくある造りなので、特に慌てる必要は無い。


「アッシュタウロス」


 頭部にある立派な2本の巨大な角。

 並みの攻撃ではなかなか通りづらい、鎧の如き灰色の体毛。

 全身の血管が浮くほどの筋肉。


「何度目か分からないけど、今日も稼がせてもらう」



 俺とアッシュタウロスは互いに一歩踏み出した――――




























「いやぁ~、あっという間だったね」


【ちょ】

【かぁ~】

【瞬殺だよ】

【まあ100回近く戦ってるしなあ】

【4~5級の連中が見たらびっくりするだろうな】

【現在進行形でびっくりしてる】

【初見くんちゃんは4級以下であることを特定】

【ガバガバ特定班】


「ここまで1時間ちょっと。まあまあのタイムだ……お?」


 アッシュタウロスの亡骸が霧散し、角か毛皮がドロップするはずと思っていた。


「宝箱か」


【珍しいね】

【4級で宝箱ってかなり確率低いんじゃない?】

【早く開けよう、すぐ開けよう】

【落ち着け】

【羨ましい】


 3級以上のダンジョンのボスが宝箱をそこそこの頻度でドロップするのはよく知られている。

 4級でも全くドロップしないわけではないが、3級以上と比較すると統計上はかなり低い。

 前に見たときは0.2%とか、それくらいだったはずだ。


 4級といえど宝箱。

 報告されているドロップアイテムの買取金額は日本円で110万ほど。

 一攫千金とまではいかなくとも、全然悪くない額だ。


「これはかなり期待感高まるなあ。

 よしよし、早速開けていくぞ!」


【わくわくするぜ】

【羨ましさとドキドキのせめぎ合いが】

【装備か!?】

【いや宝石!】

【いやいや……ん?】


 宝箱をゆっくりと開けていくと、煙が吹き出す。


「な、ごほっごほっ、んなんだこれぇっ、んごほっ」


 桃色の煙が大広間一帯に充満し、配信機材の映像も桃色に包まれる。

 視界に広がる桃、桃、桃。


 頭が混乱する。

 徐々に意識が遠のいていく。


【これヤバくね?】

【協会に連絡するか】

【応援はよ】

【誰か近くにいないのか】


























「……ん?」


 視界がぼんやりとしている。

 意識ははっきりせず、浮遊感がある。


「んん?」


 目元を擦り、目の前の桃色の不定形にピントを合わせる。


「あっ! 宝箱!」


 違和感。


「あれ?」


 立ち上がろうとするも、何かにひっかかって転んでしまう。


「いてて、なんか踏んでる……なんだズボンか。

 ……うん、なんで脱げてるんだ? ベルトベルト~って、手が出ねえ!」


 服の袖から手が出ない。


「なんか服デカくなってる? なんだよなになに」


 煙が少しずつ晴れていく。


 俺はとりあえず袖からやっと出た小さな手でズボンを掴み、煙を払うように扇いだ。

 すると周囲から煙は無くなり、配信機材の無事も確認できた。


「おーい、まだ配信続いてるかー」


【お、晴れた】

【協会から近くの2級探索者が来てくれるってよ】

【こんなド田舎に2級いたのか】

【たまたま旅行で来てたらしい】

【ああ、なるほどね】

【いやいやそれよりおっさん無事……おっさん?】

【……あれ、おっさん?】

【誰この子?】


「おーい、おっさんだよー。おっさんは無事なんだけどお!

 服が、服がでっかくなっちゃってさあー。声もパーティーグッズのやつみたいに高くなっちゃって」


 元気良く生きてますよアピールを見せるためにカメラへ向かって手を振る。


【おっさんなのか……】

【いやこれはどう見ても――――】





【……幼女じゃん】







 おっさんは女の子になっちゃってるらしい。



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