第12話



「ふむ」


 俺は今、悩んでいる。


「ふ~む」


 かなり悩んでいる。



【腕組みタイム】

【悩むな、感じろ】

【急にどした】

【9体目のボスもあっさりでしたな】



「いやぁね、5級ダンジョンの敵と差がありすぎて逆に困るというか。

 まさかボスの顔面殴りをまともに受けてほぼ無傷とは思わないじゃない?」



【それは……】

【ちょっと引いたよね】

【てかもう次のダンジョン来てるのはスルーか】

【だってさあ、その闘気さあ】

【常時白闘気はくとうき纏ってたらそらそうなるんだわ】

【これで3級? 嘘でしょう】

【準2級上位レベルくらいはあんじゃね】

【2級につま先入り始めてると思うよ】

【つーかさ、おっさんどれくらい闘気維持してるの?】



「1ヶ月半くらいかな。寝てる間も維持してるから24時間ずっと」


 最初の1週間くらいはかなりの疲労を感じていたが、徐々に身体からの漏出を抑える感覚を覚えた。

 ざっくり言うと、6割くらい漏れ出てた闘気が今は2割程度までに落ち着いついている。



【……は?】

【いやまて】

【ダンジョン内だけじゃなかったのそれ?】

【ちょっとおかしいな】

【まあ出来ないことはないが】

【寝てる間……?】




 ――――常に闘気を使えば強くなれるぞ!


 ――――常時纏え


 ――――カンちゃんまだやってなかったの? 闘気は無意識レベルで使わなきゃ



 これらは今でも時々連絡を取り合っている昔からの探索者仲間のアドバイスである。

「あ、そういうもんなんだ。さすが1級や特級はやることが一味違うなあ」とそこまで深くは考えていなかった。


 うん。よく考えればなかなかにぶっ飛んだ修行法かもしれない。

 以前は生活も安定し、肉体的にも衰えを感じていたために成長意欲そのものを失っていた。

 だが、今は「やるぞ、俺はやるぞっ!」という精神状態なので、異常なほど成長意欲が高まっている。



「同期から聞いた修行方法をやってるだけなんだけど……おかしかったかもしれない」



【たぶんその同期は普通じゃないです】

【その人たち特級だったりしない?】

【おっさんの同期ってことは20年くらい探索者やってるんでしょ?】

【それ聞いて実行できるのも大概なのでは】

【ホントそれ】

【かなりキツイよね。俺もはじめの頃はよく吐きかけたよ】

【私もキツかったなあ】

【なんか一部やばい人湧いてない……?】



「いやまあそこはちょっと置いておこう。

 問題は5級ダンジョン巡りの目的である金稼ぎが終わった後どうするかなんだよねえ」



【3級いけ】

【そろそろ準2級に戻ろうっ!】

【こいよ! こっち(準2級)側に!】

【あ、そうだ。うちのチームこない?】

【3級行くしかないっしょ、4級バカみたいに周回するより短時間で済むし】


【チームへの勧誘は私を通しなさい!】


【いや誰】

【保護者面かぁ!?】

【飴ちゃんをあげよう】

【チョコ食べる?】

【まあ真面目な話、パーティ組んで3級行くほうが経験的にも実績的にもいいよ】

【実力的に3級攻略は問題無さそうだしな】



 3級ダンジョン攻略。

 基本的に探索者の等級と同級のダンジョン攻略をするのはそれなりの準備を要する。

 敵と自分自身の力量の差がほとんど無いため、油断すると命を落としかねない。

 "ダンジョン撮影ビットくん"が探索者内に広く普及したおかげで死者数は大幅に減少しているものの、絶対ではないのだ。万が一はある。


 もし挑むのであれば、現在の等級内で確実に攻略可能なダンジョンを巡り、実戦経験をより多く積む。

 更に闘気や魔力に関する技術を洗練させていくことで飛躍的に戦闘能力を向上させ、生き残る術を身に着ける。

 これらの研鑽を怠れば当然、ツケが回ってくるだろう。


 俺は過去にそういう探索者が何人も命を散らす姿を見てきた。

 ほんの10年ほど前はダンジョン内での死は珍しいものでもなんでもなく、ごくありふれていた。そう言えるほど情報の少ない時代は悲惨であった。



「そうなると、まずは人集めからだね。

 こんなところで3級探索者を集められるのか分からないけど」


 今住んでいる地域では最高等級のダンジョンが3級であり、ゆえに3級から上の等級の探索者は他の場所へ行ってしまう。

 俺が支部長から直々にライセンスを受け取っているのも、この地域では上澄みにあたる探索者だからだ。

 貴重な人材が他のところへ行ってほしくないため、丁寧な対応をとっているとの本人談。


「連絡が取れる範囲にも限りがあるしなあ……ふんっ!」



 裏拳

 拳固殴ち



「だんだん闘気のおかげで相手のいる位置も把握できようになってきた」



 常時闘気を纏うことによる並列思考能力の向上。

 思わぬ収穫ではあったが、副次的にこのような部分にまで影響及ぼすとなると、この修行方法をよりやりやすい形にしてから教育に使うのもありかもしれない。

 そも生徒自体いないが。



「10体目のボスを倒したら知り合いに片っ端からあたってみよう。

 ひょっとしたら誰かしら紹介してもらえるかも……よしっ! 気合入ってきたぁ!」



【5級レベルの攻撃自体効かないもんな】

【回避の意味】

【ゴリラか】

【ゴリラ系おっさん幼女ですか】

【盛るな盛るな】

【ゴリラ系おっさん幼女の常時闘気盛りはいかが?】

【情報過多】



 ボスゾーンに到着。

 本日10体目。



【笑顔でボスワンパンはもう恐怖映像なんよ】

【ひぇ】

【ちょっと! 新人ちゃんが泣いちゃうでしょ!】

【こりゃ確かにさっさと3級行ったほうがいいわ。話にならん】


















「あ、舞夜?」

『どうしたの兄さん。寂しくなっちゃった?』

「否定はしないけど別件ね」


 通話先の舞夜の声が心なしか明るい気がする。


「3級ダンジョンに行きたいんだけどうちの地域だとあんまり同級の人がいなくてさ。

 首都付近ならどうにかならんかね?」

『あー……そういうこと。うーん、女の子しか紹介できないけどそれでもいいなら』

「あっ、そうか"魔女組"だったねえ。こんなおじさんと組まされるの嫌だろうし」


 俺自身、妹以外の若い子と話すのはあまり得意ではない。


『そこは問題ないと思うわよ。ま、明日聞いてみるわ』

「も、問題ない?」

『ええ、たぶん大丈夫なはず。またね』

「ああ、また」


 何が大丈夫なんだろうか。謎である。

 舞夜がそう言うのであれば信用するしかないか。



 ――――お風呂が湧きました



「お、タイミングいいねえ」



 俺は全てを忘れ、湯船にだらりと浸かった。





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