第6話
「なんですって?」
『1ヶ月延長でお願いします』
「……」
私はこめかみを指で押しながら考える。
「お兄さんはもう退院してるのよね?」
『はい』
「日常生活も問題無いのよね?」
『今のところイエス』
「今のところ?」
『はい。
兄さんの等級が準2級から4級になりまして……今のところすぐに問題があるわけではないんです。
ただ兄さんはド田舎のソロ専探索者なので、取り敢えず3級までは私が付き添うことにしたんですよ』
「それは……災難だったわね。分かったわ、他のメンバーには私から事情を説明しておく」
『感謝します、リーダー。それでは』
通話が終了し、「ふぅ」とため息を吐く。
「ボスドロップで女の子にねえ」
呟き、後ろへ振り返る。
「あなたもそうだったのよね」
「僕かい?」
振り返った先にいたのは黒い、裾が膝下まであるコートを着た少女。
灰色の長髪が空調の風で揺れ、ふわりと舞う。
琥珀色の瞳が私を射抜くようにこちらへ向く。
「そうだね。僕は30年前に男から女になった最初の女体化おじさんさ」
「つまり実年齢は私の親世代「あー、あー、何もきこえなーい」……聴覚だけは老化してるのかしら」
子どものように耳に手をあてて遮る50台ベテラン探索者。
「おい待てぃ。僕はまだまだピチピチだぞ!? 見てよこの肌!ツヤ!キメの細かさ!」
「そうねえ、羨ましいわ、ねっ!」
「いひゃい、いひゃいぉー」
両頬をつままれた情けないおっさん。
若作りは見た目だけで中身はその辺のおやじギャグ好きのおっさんと変わらないのだ。
「これが特級探索者だなんて、世も末だわ」
「これっ!? おじさん泣きそうなんだけどお!」
「さて、他のメンバーにも舞夜が1ヶ月戻ってこないのを伝えないとね~」
「無視ッ!?」
私は泣くフリをしているおっさんを放置し、チーム"魔女組"が所有している屋敷の大広間へ向かった。
歌を歌いながら調理を開始した。
******……
1:名無しの探索者さん
謎の超技術によって作られた謎動画投稿プラットフォーム"DS Tube(ダンジョンシーカーチューブ)"の雑談専用スレッド
荒らしは即通報&即NG設定
※だいたい監視AIが弾いてくれるのであんまり気にしなくてヨシ
マナーを守りながら利用しましょう
次スレは謎AIが自動で作ってくれるぞ!
……
…………
………………
243:名無しの探索者さん
今日の視聴者は1人でしたぁ!
244:名無しの探索者さん
3級のボスにボコられて撤退
キレそう
245:名無しの探索者さん
今日も視聴者は1人の間違いだろ
246:名無しの探索者さん
何が悲しくて人(生身)が来ない配信せにゃならんのだ
247:名無しの探索者さん
>>244
もっと鍛錬してから挑戦してみてね!
筋肉は裏切らない!
248:名無しの探索者さん
うちの配信は50人くらい来てくれるなあ
やっぱり準1級だからかな?
249:名無しの探索者さん
>>246
義務なんで
君が命の危機に瀕した時、監視AIちゃんが精一杯の救援をしてくれるんだ
250:名無しの探索者さん
50人……羨ましい
251:名無しの探索者さん
>>246
機材は探索者に無償提供されてるんだからいいじゃん
配信も自動的に非公開状態で保存してくれるし、見返す時に結構便利だぞ
252:名無しの探索者さん
お、支援魔術のリスト増えてる
253:名無しの探索者さん
更新来たな
254:名無しの探索者さん
マジか
255:名無しの探索者さん
見るのめんどいから教えて
256:名無しの探索者さん
状態異常回復系か
257:名無しの探索者さん
アップデート情報抜粋
◯支援魔術の追加
・寄生系精神異常回復
・うつ病回復
・胃炎回復
◯動画再生の機能改修
・スローモーション再生の機能強化
◯デイリーハイライト配信項目の追加
258:名無しの探索者さん
アップデートさあ……なんだぁこれは
259:名無しの探索者さん
日々のストレスにこれ1回ッ!
支援魔術"胃炎回復"ぅ!
すまん吹いた
260:名無しの探索者さん
俺のために便秘解消の支援魔術も追加してくれ
261:名無しの探索者さん
うつ病回復とかさらっとヤバい効能で震える
うちの妹に探索ライセンス取らせるわ
262:名無しの探索者さん
スローモーション機能強化か
お、速度設定の選択肢結構増えてる
263:名無しの探索者さん
デイリーハイライトって配信トップのこれかあ
さっそく過疎配信が凄まじい勢いで伸びとる……
264:名無しの探索者さん
ハイライトは意外と良さげっぽい?
265:名無しの探索者さん
支援魔術ニッチなところ攻めてるけど助かる人はガチ助かるんよね
つかこんなんどうやって作ってんだか
266:名無しの探索者さん
謎の超技術
267:名無しの探索者さん
噂だと特級探索者が提供してるとかなんとか、眉唾だけど
268:名無しの探索者さん
未だに開発者が謎
世界中のハッカーさんもお手上げのヤバい何かである
269:名無しの探索者さん
ハイライト切り替わりは1時間ごとか
見た感じは視聴者の多い少ないは関係なく見どころあるのをピックアップしてるっぽいな
270:名無しの探索者さん
アップデート今月5回目
更新頻度たけえなあ
271:名無しの探索者さん
マジで胃炎回復しやがった
……やるじゃん
……
…………
………………
763:名無しの探索者さん
"魔女組"はまた1級ダンジョン行くのか
すげぇーな
764:名無しの探索者さん
武器が折れちゃった……修理費用70万!?
買ったときよりたけぇ!
765:名無しの探索者さん
防具のサイズが合わなくなってきたなあ
フリーサイズのやつって結構高いんだっけ?
766:名無しの探索者さん
>>763
今回は実質次代エースの舞夜がいないから俺は見ないかも
767:名無しの探索者さん
武器修理あるある
買ったときより費用が高い
768:名無しの探索者さん
懐が寒くなっちまうよ(残高5000円ッ!)
769:名無しの探索者さん
>>765
グリッドスライムの防具はフリーサイズだぞ
お値段なんと……140万!
770:名無しの探索者さん
舞夜いないってマ!?
でも俺は佳代リーダー見るから"魔女組"配信行くわ
771:名無しの探索者さん
どうやら"魔女組"配信をアイドルか何かだと思ってるやつがいるようだな
772:名無しの探索者さん
>>769
たっか……買いに行くわ
773:名無しの探索者さん
え、アイドルじゃないのか???
774:名無しの探索者さん
"魔女組"はチーム名のイメージとは真逆のゴリッゴリ近接格闘スタイルの集団なんだ
申し訳程度の遠距離魔術はたま~にあるよ
775:名無しの探索者さん
ワイ、そろそろダンジョン行く時間
他の配信見に行けない
タイミング悪くて鬱い
776:名無しの探索者さん
あれで格闘集団なのか
……いやたしかによく見たらメリケンとかブーツのつま先にチタン系の素材チラチラ見えてるわ
777:名無しの探索者さん
>>775
そんな貴方にはこれッ!
支援魔術"うつ病回復"ッ!
1日の始まりはやっぱりこれだよね!
778:名無しの探索者さん
俺もチームから連絡来て急遽ダンジョン……キレた
779:名無しの探索者さん
怪しい広告みたいな文言から嘘みたいな効能を発揮する支援魔術くん
780:名無しの探索者さん
なんというか癖が強いよな最近のアップデート
781:名無しの探索者さん
先月からアンケート取り出した影響か
782:名無しの探索者さん
グリッドスライムの防具さあ
値段140万から170万になってるんですけどっ!
783:名無しの探索者さん
あのアンケはこの時のためだったんですねえ
もっと真面目に書いとけばよかった
784:名無しの探索者さん
アンケートに胃炎回復書いたやつがいたってことだよな
ナイスだったぜ
785:名無しの探索者さん
>>782
笑い過ぎて腹痛い
786:名無しの探索者さん
相場あるある
数分後に値段が跳ね上がっている
……
…………
………………
身体が変わったことでサイズの合わなくなった装備を新調するため、手元のデバイスから探索ライセンス保持者専用のマーケットを確認している中、それは起こった。
「――――数分で値段上がり過ぎじゃない?」
――――――――――――――
グリスラアーマー
※グリッドスライムの粘体が使用されています。
¥ 1,700,000 〜 ¥ 2,400,000
――――――――――――――
「あら、最低価格30万くらい上がったのね」
特に動揺しているようなところは見られない舞夜。
「わりとこういうことってあるの?」
「グリッドスライムは2級異生物。
2級以上のダンジョンは攻略そのものが難しいから必然的に素材自体も枯渇しやすいのよ。これくらいの相場変動はザラにあるわ」
「そうかあ、よく考えればそうだよなぁ。
4級産の装備はほとんど相場変わらないから驚いたよ」
顎に手をあて、うんうんと頷く。
「この防具の性能的にはまだ安い方だからまた相場が上がる前に買っちゃったほうがいいわよ」
「でも高いんだよね」
舞夜が呆れたようにため息をつく。
「それくらいすぐにペイできるわ。さっさと買いなさい」
「……はい」
デバイスから購入手続きを進めていき、最後の確定ボタンを前に手が止まる。
「うぐぅ」
「早くなさい」
「……はい」
ポチッと。
購入完了の画面へ切り替わり、"ダンジョン撮影ビットくん"が宙に浮き始める。
"ダンジョン撮影ビットくん"から「転送を開始します」というアナウンスと同時に一条の光が照射される。
光の照射が終わると、そこにはアッシュグレーカラーの無骨なライトアーマーが鎮座していた。
「お買い上げ、ありがとうございました」
こうして少ない預金残高が更に寂しくなった。
心苦しいが、これもいつかペイするまでの辛抱である。
「泣くほど嬉しいのね」
「ちがわい」
頭をぽんと撫でられながら、デバイスを静かに閉じた。
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