第5話


 5級ダンジョン"ニガタケ"

 かつて電車が通っていたという場所にあるダンジョン。

 60年前に発生した洞穴(現在のダンジョン)と異生物によって廃線となった駅は多く、ここもそのうちの1つである。




「ふんッ!」


 闘気を込めた殴打が敵の頭部を砕く。

 だが、頭部を失ってなおも動き続ける敵にすかさず追撃を加える。


「ああ、こいつは胴だった……ッ!」


 脚を下から上へ勢いよく振り抜く。


【Oh……】

【ヒュンッ】

【ひぇ】

【なんか涼しくなっちゃった】


 敵――――フラジールゴーレムは股下から縦に蹴り砕かれ、粒子となって霧散した。


 振り抜かれた脚は顔の横まで達しており、この身体の柔軟性が垣間見える。


【これが元おっさんのやることか!?】

【この鬼!タマヒュン!幼女!】

【身体柔らかくて羨ましい】

【おっさんの時より小回り効くようになったな】


「これで9体目か。意外と多いな」

「まさに4.5級って感じね」


 5級の階層数は主に2層。稀に3層の場合もある。

 今回の"ニガタケ"ダンジョンは3層に該当しており、実質的な難度等級は4級に近い。


「兄さん、次は闘気と魔力をスイッチしてやってみようか」

「了解」


 ダンジョン内に漂う粒子が再結集し、再びフラジールゴーレムが生成され始める。

 それに合わせてこちらも構える。


「よしッ!」


 敵の懐まで高速で接近。

 身長137センチを活かした超低姿勢によって敵の視界から外れる。



 スイッチ――――闘気から魔力へ



 闘気を収め、心臓部から魔力を全身へ一気に流す。

 身体の各関節部を起点とした魔術の陣が発動。瞬く間に身体能力が向上する。


 この間、1秒。


 拳に力を込め、股下から突き上げるように頭部まで貫き砕く。


【ォオOhッ!】

【イタァイ!】

【おっさんなんか恨みでもあるんか】

【倒し方に意図を感じますね】

【狙ってるだろ!】

【誰も魔術使い出したことに言及無いの笑っちゃう】



 そのまま増えていくフラジールゴーレムを近接格闘で相手をする。

 拳は胴を穿ち、脚の振り下ろしは頭部と胴を諸共叩き潰す。



【よく見たら闘気じゃない件】

【よく見なくても分かる】

【魔術だ!】

【さっきからそう言ってるだろぉ!】

【叫ぶな】

【うるさいでーす】

【……はい】

【ブフォッ】

【両方持ちはかなり希少だな。うちのチームに欲しいわ】

【可愛いからうちのチームに来てほしいな、マスコットとして】

【中身おっさんだからマスコットは無理があるだろ……】

【むしろおっさんだからギャップ感じちゃう】

【かなりアブノーマルっすね】

【おっさんがコメント見てないからってめちゃくちゃ書き込んでて腹痛い】



 今見たぞ。

 好き放題言ってくれてるなあ。まあ楽しいならいいか。



「うん。だいぶ良い感じに使えてるわね」

「懇切丁寧に教えてくれたからね。これくらいはやれるようにならなきゃ失礼だろう」

「一丁前に格好付けてるところ悪いけれど――――」


 舞夜が視界から消えた。

 そして背後から肩を叩かれる。


 ――――まだ残ってたわよ


「うっそ」


 瞬間移動と見紛うほどの動きに開いた口が塞がらない。


「もっと鍛錬を積めば今の速度で発動して動けるわ」


 軽くウィンクする舞夜へ素直に「凄いな」と賛辞を送る。



【えっぐい速さだな】

【どっかで見たことあるなと思ったらチーム"魔女組"の舞夜か】

【あ、ほんとだ】

【2級だっけ?】

【今はねえ~、間違いなく1級までいく逸材】

【スローモーション機能で見直したらちゃんと見えた!】

【今のは2級くらいの人でも目で追えるか怪しいよな】

【準1級ワイ。追えるが、ちょいキツイ】

【そりゃ大半には見えないワケだ】

【2級なのは実績不足っぽい】



「ま、私は最初から魔術中心の戦闘スタイルだから。

 兄さんも日々鍛錬を積んでいけばいつかできるようになるはず……たぶん」

「最後ので不安にさせないでおくれ」

「元から人よりも魔力総量がずっと多かったから……才能あったのよね、私」

「おのれ天才妹め。実に誇らし悔しい」


 そんな姉妹のような兄妹会話をしながら3層のボスゾーン前に辿り着く。

 一応、舞夜もボスゾーンへ入るが、基本的には俺1人での戦いとなる。

 仮に巨人種が出て来たとしても、ギリギリの状況になるまでは手を出さない。


「ここのボスはブロックゴーレム。大きさ、強度、力はフラジールゴーレムの比じゃないねえ」

「逆にフラジールゴーレムが弱いだけよ」

「そうとも言うね」



【たしかにフラジールゴーレムは某ゲームのスライム並みの雑魚敵】

【なお上位種】

【ゴーレム系はピンからキリまで性能差ヤバい】

【本当それな】

【ティタノゴーレムと戦った時は生きた心地がしなかったぜ!】

【……ティタノ相手によく生きてるな】

【ティタノゴーレムって1級ダンジョンの……?】

【ここの視聴者ツワモノ多くないか】

【古参視聴者は探索者歴20年以上のベテラン揃いだぞ】

【まあおっさんと同期組だもんな】

【俺も同期】

【わらわも】

【あっしも】

【じゃあワイも】

【じゃあってなんだよ】

【便乗】



 おっさんから女の子になって視聴者18人から247人に増えているものの、依然として初期から見てくれている人も残っている。

 最初に等級を上げる時にチームとまではいかなくとも、臨時パーティーを組むことは多々あり、そこからの縁でいまだに連絡を取り合う仲の同期もいる。

 地方に引っ込んだ俺と、バリバリ最前線で活躍している彼らとでは実力に天と地ほどの差がついてしまっているが。


「はっはっはっ! 盛り上がってるところ悪いけど、そろそろ行くぞ」

「兄さんのほうは盛り上がってるんだ。こっちは女子会みたいになってるわ」

「え、なにそれ気になる」

「井戸端会議みたいなものよ。いいから行きましょう」

「井戸端会議……」


 田舎の大声おばちゃん達の騒々しい井戸端会議を思い出す。

 女子会のイメージがアレに固定されてしまった。


 俺は頭の片隅に崩れた女子会のイメージをしまい込み、ボスゾーンへ突入した。






















 ――――5級ダンジョン"ニガタケ"ボスゾーン



 巨大な拳が眼前に迫る。


「意外と疾い」


 姿勢を低くし、これを回避。

 しゃがみこんだ状態から懐へ潜り込む。


「よっと」


 両手を石床へつける。

 倒立前転の要領で一瞬だけ逆立ち、身体に流す力を闘気から魔力へスイッチ。

 バネのように曲げた脚へ強化魔術を多重付与し。


「よいぃ――――ショォッ!」


 目にも止まらぬ速度でボス――――ブロックゴーレムの顎を蹴り砕く。


「ッッッ!?」


 何が起きたか理解できていないボスに追撃をかける。


(闘気へ切り替えて背後に回り込む。そんでまた魔力に切り替えて)


 術式無しで全身を速やかにバランスよく強化できる闘気。

 ひと手間かかり、全身を強化する効率は悪いが、一点集中攻撃においては爆発的な力を発揮できる魔力。

 これらを臨機応変に利用することで常に有利な立ち回りをしやすくなる。


 幾重にも強化魔術が施された殴打がボスの背中にねじ込まれていく。

 硬い身体を難なく砕き進み、向こう側まで貫通。


「コアごと逝ったなあ」


 ゴーレムのコアは常に体内を動き回っているため、これは運がいい。


 敵の活動が停止し、霧散。

 残されたのはブロックゴーレム由来の素材のみ。


「上出来ね」

「思いの外、かなりうまくいったよ」


 少し出来すぎなくらいだ。


「それは本当にそう思うわ。

 ……というわけで、今日は後10周はしましょうか」

「多くない?」

「多くない」

「……そっか」


 薄く瞼を開いて微笑む舞夜を直視できず、明後日の方向を見る。



【これは尻に敷かれるタイプのおっさん】

【迫力ぅ、ですかねえ】

【うちの姉みたいな覇気を感じる】

【うちの妹もこんな感じだ】

【君らの兄妹姉妹はどうなってんのさ】

【てか10周って】

【5級は30分でボス復活するしな!余裕余裕!】

【ホントに余裕でしょうか】

【……さあ?】



 その日、5級ダンジョン周回が終わる頃にはすっかり外は暗くなっており、疲労困憊の女の子とその子をおんぶする姉妹?が見かけられたそうだ。





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