第4話


 おっさん女の子化事件から1週間。

 探索ライセンスの再発行を待つ間に役所で諸々の手続きをするために妹の舞夜がこちらへ残り、母は必要最低限の付き添いの後に帰っていった。


 そしてゴタゴタが落ち着き、新たな探索ライセンスが発行され、お手元に届いたわけである。


「あら可愛いライセンス」

「等級まで可愛くなっちゃったねえ」


 顔写真はおっさんから少女へ。

 等級は準2級から4級へ。


「最低でも3級にならないと1人でダンジョンには行けないけれど、兄さんどうするつもり?」

「どうしよう」

「……」


 舞夜は無言で微笑み、サムズアップした手で"表へ出ろ"とジェスチャー。


「……はい」


 舞夜と庭へ向かう。


「結構綺麗にしてるのねえ」

「だろう? 結構頑張ったんだ」

「殺風景だけど」

「……花とか畑は世話サボりそうだからちょっと、ね」


 雑草生い茂るだだっ広い庭を綺麗に整備した自慢の庭だ。物干し竿がよく輝いている。


「まあ殺風景な庭は置いといて、

 一応4級の兄さんがちゃんと戦えるのか見てあげましょう。どこからでもかかってきてちょうだいな」


「いつにも増して辛辣だ……ッ!」


 闘気を纏い、地を蹴る。

 跳んだ勢いが落ちる前に拳を振り――――


「届いてないよっ! と」


 抜く前に舞夜に前から抱えられる。


「あそこから一歩で届くわけないでしょう」

「前の感覚が抜けきらずつい……」

「ここ数日の様子から薄々感づいてたけど、案の定ね。以前の感覚を引きずり過ぎてる」

「うむ」


 軽々と持ち上げられた身体をゆっくり下ろしてもらう。少し恥ずかしい。


「この構図、どっちが妹なのか分かったものじゃないわね」


 薄く微笑む妹。

 なんとも言えない微妙な表情の兄。

 複雑な心情だ。


「まっ! 最初は今の身体に慣れるところからやりましょう。

 闘気の量も少ないし、毎日常に闘気を張り巡らせて少しずつ総量を増やすこと。いい?」

「了解」




















 全身を巡る闘気。

 心臓部から徐々に闘気と混ざり合い始める魔力。


「汗が止まらん」

「保冷剤保冷剤っと」


 保冷剤を包んだタオルを患部にあててくれる妹。

 そして汗が止まらないおっさん。


「あつ涼しい」

「分かるけど分かりたくないやつね」


 背中に張り付くシャツの心地悪さといったらありゃしない。


「闘気と魔力を混ぜるのって難しいのね」

「難しいよこ、れぇっ!」


 集中力が途切れ、肩で息をする。


「ん……はぁ、はぁ」

「スポーツドリンク飲めそ?」

「飲む」


 少しずつ、ちびちびと胃の中へ流し込む。

 喉が潤い、活力が舞い戻っていく。


「かぁ~~~っ! 生き返るぅ!」

「おっさんか」

「いぐざくとりぃ~」


 正真正銘、40歳の男性である。


「にしても本当に闘気と魔力を混ぜるとより強い力になるのかこれ」

「支部長さんが言ってたから嘘をついてるとは思えないけれど、まあ地道にコツコツと。なのかもしれないわね」

「であればいいんだけど」



 舞夜が我が家に住み込みで特訓に付き合ってくれてから1ヶ月。


 以前の身体感覚のズレや闘気の調節はそれほど1週間程度で慣れていき、そこからは新たに身体へ宿った魔力の使い方を教えてもらっていた。

 舞夜は闘気を持たず、魔力を持っている。

 ゆえに闘気による身体能力の強化ではなく、魔力を用いて発動する強化魔術によって身体能力を強化することで近接戦闘に対応している。


 舞夜は2級探索者だが、魔力量に関しては1級相当という凄まじい魔力量の持ち主だ。

 そのプロフィールに負けず劣らず、緻密な魔力操作によって多彩な魔術を扱うことができる。


 そんな探索者から魔力についてみっちりと学びを得ることができるのは幸運としか言いようがない。



「でもまあ、今すぐ出来なくても問題はないでしょう。

 闘気と魔術を切り替えながら戦えるのは十分強みだもの」

「いやあ、本当にありがとうねえ。舞夜が魔術タイプの探索者で助かったよ」


 頭頂部に温かな感覚。


「今は撫でるタイミングかい?」

「撫でたくなった時が撫でるタイミングよ兄さん」

「そっか」


 ……

 …………

 ………………


「そうはならんでしょう。あと髪が汗まみれだから汚いでしょ」

「健康的ね」


 俺は無言でシャワーを浴びに行った。
























 ――――配信開始



「面倒ね」

「そうかい?」



【生きてたか】

【おっさぁん!】

【おっさんどこ……】

【面倒なのか(唐突)】

【面倒ではあるよな】

【お、2級探索者の姉ちゃんだ】



「義務とはいえジロジロ見られたくないもの」

「1人で黙々とダンジョン行くのも寂しかったからなあ」

「私は兄さんと違ってちゃんとチームがあるから」

「うぐっ」


 舞夜め。言ってはならんことを。


【うーん、クリティカル】

【ふぐぅ】

【うげぇ】

【流れ弾飛んでて笑う】

【腹痛い】

【兄さん?】

【おっさんいつも1人だもんな……】

【女の子だぞ!】



 俺と舞夜、それぞれの"ダンジョン撮影ビットくん"がふよふよと浮いている。

 他の探索者のコメント欄は見られないように魔術的フィルターがかかるため、舞夜の視聴者が何を言っているかは分からない。



「それにどこぞとも知れぬ特級探索者がこんな怪しげな謎技術の塊を作ったとか、ねえ。

 まあ行方不明者やら死亡者が大幅に減ったのは素直に認めないといけないけれど……なんか煮えきらないのよね」



 ふんっ、とそっぽを向く舞夜。

 まさか妹がここまで配信が嫌いだったとは。覚えておこう。



【未だに謎だしな】

【7年くらい前だっけか】

【あの時はまだダンジョン内の事件やら死亡者が多かったよなあ】

【それな】

【配信義務化とかおちょくってんのかとか、すげえ反発あったというか今もある】

【結構やばい映像も出ちゃうから探索ライセンス所持者しか見られない使えないようにはなってるんだぜっ!】

【ちなみにいつも1人だけいるのは監視AIだって知ってた?】

【ちなみに一度も個人情報流出したことないのも超謎技術らしいぞ】

【え、AIなの? マ?】

【いつも熱心に見てくれてる人いるなと思ったらAIだったんだ……】

【監視AI知らんのもいるのかあ】

【時代だね】

【義務化当初のあの頃が懐かしい】

【懐かしいとは、若いな】

【あの頃というほど前には感じないけどね】

【年齢によって時間の感じ方が違うのだ……あ】

【……】

【……】

【誰がおばさんだって?】

【すまんそれは知らない】



 ずいぶんとコメント欄が盛り上がっている。

 ちなみに俺はそんなに時間が経過した気がしない。もう7年前なのか。歳って怖い。


「そんなことより兄さん。さっさと5級周回で等級を戻すことに集中集中」

「だねえ」


 2つ下がって4級。

 5級を1人で入れるようになるのは3級。

 舞夜には3級になるまで同行してもらうことになっている。

 戦闘自体はほとんど俺が担当だ。そうでなければ3級に上がることなどできない。


「というわけで一旦、"ダンジョンギフトチャット"はオフにしとくねえ。

 探索協会で確認したらさ、この機能オンにしてる状態だと異生物を倒しても実績の評価が大幅に減点されるんだって」


【知ってた】

【知ってる】

【当たり前ジャン】

【知らなかった】

【マジか】

【ちゃんと読もうね】

【まあ支援魔術前提の等級とか危なっかしくてな】




「よぉっーし、じゃあ行こうかッ!」



 5級ダンジョン周回開始ッ!






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