第3話
「知らない天井……?」
発した声に違和感を覚え、喉のあたりに触れる。
「変だな」
かすかに薬品の臭いが漂う空間。
身体を左右へ傾ける。
右手に窓、左手の方にはドア。
がらりと音が鳴り、少しだけ風を感じる。
「あら? あららら!?」
ドアを開けたまま硬直する女性。
「久しぶ「母さん! 兄さんが目を覚ましたわっ!」……病院内は静かにね」
口元に指をあて、「しーっ」とジェスチャー。
女性――――妹の舞夜は口に手のひらを被せる。
「舞夜ぁ、あなたもいい大人なんだから」
妹よりもワントーン低い声が聞こえる。母の声だ。
「で、カンちゃんの目が覚めたって?」
「そうそう、ほら」
カンちゃん。
俺の本名、
「舞夜、とりあえずナースコール……おはようカンちゃん。気分は悪かったりしない?」
「まだちょっとボーッとするくらいかな」
俺の手を優しく包む懐かしい温もりを感じる。
「ずいぶんと可愛らしくなっちゃったわねえ」
「なったねえ」
ふにふにと小さくなった手のひらを揉まれる。少しくすぐったい。
「先生と今すぐ来るって。あ、私も揉みたい」
舞夜が参戦。
空前絶後の手のひらもみもみ大会が始まった。
それから少しすると、白衣を着た女性が部屋に入ってきた。
「退院日、思ったより早かったね」
「だねえ」
林檎を器用にうさぎカットしながら、柔らかな笑顔を向けてくる舞夜。
ちなみに彼女は26歳の立派な探索者である。
「舞夜、今回は助けてくれてありがとう」
「いえいえ、どういたしまして~」
「それにしてもよく近くにいたね」
「たまたまよ。友達が若女将やってる旅館に来てたの」
「ああ、水野さんの」
この辺ではそれなりに有名な旅館の一人娘が結婚し、若女将と若旦那で切り盛りしているらしい。
夫婦共々、元探索者であったが、旅館を継ぐために引退したそうだ。
「にしても、こんな事態になるなんて想像もしてなかったよ。
兄さんがボスドロップの宝箱で女の子に変身。更にはそんな状態でボスと戦闘」
「……ははは」
「兄さんの配信を見てた人が協会に救援連絡してくれてなかったらと思うと……ハァーっ」
声量を抑えて甲高い声をあげる舞夜。
「……あ”~抱きまくらにちょうどいいかも~」
「泣きべそかいてた鼻垂れ妹がずいぶんとデカくなったもんだ」
「昔の話でしょそれ」
「ついこの間のことだよ」
俺が中学2年生の頃に産まれたので、結構な年の差兄妹だ。
妹が産まれてから2年後に親父が亡くなってからといもの、がむしゃらに探索者として稼いでいるうち、いつの間にか大きくなっていた。
あの頃は若いながらも時間の流れが早かった。
「よし。じゃあ私と母さんは旅館に戻るね。
せっかくの旅費がもったいないし。兄さんは安静にしてなさいね」
「はいよ~」
ちなみに母は俺の荷物を持って先に車へ戻っている。
2人は明日の朝にチェックアウトしてから、探索協会まで付き添ってくれるそうだ。
静けさが戻った病室でぽつんと1人。
「ふう」
改めて自分の手をじっと見つめる。
最近まで無骨だったはずの手は、白く、柔らかく、小さくなってしまった。
恐らくだが、降級は免れないだろう。
「闘気もずいぶんと弱くなってるな……ん? なんだこの違和感は」
自分の身体から闘気とは異なる性質の力の波動を感じる。
闘気は纏う感覚だが、これは内側で地球儀のように回転する感覚だ。
「身体と一緒に色々変わっていそうだ。明日詳しく聞いてみよう」
明日行く予定の探索協会。
地方の支部ではあるものの、本部を除けば各支部の基本的な設備は他と大きく変わらない。
よくよく調べてもらうほうが今後のためだろう。
俺は舞夜がカットしてくれたうさぎさんの林檎をしゃくりとかじりながら、ぼんやりと明日のことを思う。
――――探索協会
「おお、雨宮さん。先日は救援依頼の対応ありがとうございました」
「いえいえ、たまたま近くに居ただけですので」
探索協会の支部長が舞夜へ頭を下げて礼を述べる。
しばらくの間、雨宮家一行と社交辞令を交わしてから本題へ入る。
「では、寛治さん。各項目の計測をしますのでこちらへ」
支部長に案内され、計測施設へ入室。
「ここに入るのも1年ぶりですね」
「前回は準2級の昇格の時でしたか」
「はい。まあ今回はその逆の予感がしていますけれども」
「う~ん。わたくしどもとしては地方の準2級が減ってしまうのは……なんとかなればいいのですが」
「ですねえ」
明らかに弱体化している俺の姿を見て唸る支部長。
お互い長い付き合いゆえに残念という感情を強く感じ取れる。
探索者の検査項目をおさらいしておこうと思う。
まずは身体能力。
これは闘気や魔力といった底上げの要素を抜きにした純粋な身体能力の計測だ。
次に測るのは闘気と魔力。
どちらも数値的に計測が可能であり、その数値によって4級相当や3級相当などを知ることができる。
総合的な等級が低くとも、プロフィール欄に上の等級相当の項目があればアピールポイントになるので、かなり大事な項目だ。
最後は数年前に新しく追加された異生物戦闘シミュレータ。
自分1人~人工知能によって制御された仲間複数人との戦闘データを取ることができる。
この項目が追加されたことで、今まで日の目を見ることがなかった探索者一気に掘り出され、一時期は争奪戦にまでなるほどであった。
闘気、魔力偏重の流れを変えたこのシミュレータは生存率向上にも役立ち、今では無くてはならないものだ。
と、いったところで全ての検査を終えた俺は再び支部長と顔を合わせる。
「4級、ですか」
「だいぶ下がりましたねえ」
検査結果の紙を2人で凝視。
「魔力が0じゃなくなってますなあ、寛治さん」
「いやあ本当ですねえ」
「「はっはっはっ――――」」
笑顔のまま固まるおっさん達。
一拍おき、
「「はァ!?」」
年甲斐もなく叫んだ。
前提として、ほとんどの探索者は闘気と魔力のどちらか片方だけである。
極々稀に両方無し、両方有りという例がほんの少しある程度。
後天的に両方獲得するケースもなくはないが、ボスドロップアイテムによって身体が変化した場合の例しか存在しない。
しかしながら、身体が変化しても必ずそうなるわけではなく、本当に稀なケースであることを留意しておきたい。
「寛治さん、これワンチャン鍛えたら結構いけそうでは?」
「たしか両方とも持ってる人の6割くらいは特級探索者になったんでしたっけ」
「統計上はそうなってますなあ」
「「はっはっはっ!」」
おっさん達が再び笑い声をあげる。
――――支部長室前
「またいやらしい笑い声が」
たまたま支部長室前を通りかかった職員は呆れたようにため息をついた。
その後、探索協会の事務所には妙な噂が広まったとか広まらなかったとか。
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