第10話


 ――――探索協会



「1ヶ月と少し。やはりというか、早い昇級でしたな」


 支部長が書類に目を通しながら話を続ける。


「魔力もあれから伸びておりますが、それよりも闘気の伸びには目を見張るものが。

 ……今もやっているソレの影響ですかな?」


 俺が常に纏い続けている白いモヤのような闘気に視線を移す。


「この身体になってから闘気のコントロールが格段に上達しましてねえ。

 常時闘気を纏う訓練をしてみたら思いの外できるではありませんか。じゃあやってみよう、ね」

「やろうと思ってできるこじゃないんですがね。なるほど、この書類の数値に嘘はないようですな」


 とん、と書類を整えてファイルに仕舞い、机の上に1枚のカードを差し出される。


「こちらが3級の探索ライセンスです。ご確認を」


 探索ライセンスを表裏を軽く見てから、問題ないことを告げる。


「では改めて雨宮 寛治さん。3級探索者としてよろしくお願いします。

 また以前のように準2級となることを心より応援していますぞっ!」

「はい、了解しました。ところで……」

「はい? なにか」

「ここに置いてある菓子が以前とはずいぶんと変わったようで、お孫さんでも?」


 支部長はきょとんとした顔になり、大声で笑い出した。


「はっはっはっ! いやはや、それは寛治さん用ですぞ」

「へ?」

「うちの孫と同じぐらいの見た目になりましたからなあ、そういうのがお好きかと思った次第で。

 職員の奥様方からアドバイスを少々いただきましてな」

「な、なるほど」


 否定できない。

 最近は身体の影響を受けているのか、どうも思考が若干子どもっぽくなる時がある。

 特に味覚に関しては子ども時代に戻った言ってもいいだろう。

 辛いものはキツく、甘いものは性別が変わる前より好みになっていた。


「さ、どうぞどうぞ。包みますから全部持っていってください」

「……はい」


 俺は口の端をひくつかせ、素直に認めたくない気持ちを抑えてお菓子袋を受け取った。


 受付の女性方や待っていた舞夜が微笑ましいものを見る顔だったのは一生記憶に残るだろう。





















 自宅へ戻ると舞夜が荷物を片付けはじめた。


「そろそろ戻るのかい?」

「ええ、1ヶ月以上もチームを空けてしまったもの。さすがにね」


 舞夜は"魔女組"期待の新人。

 今回のようなイレギュラーが無ければ本来こんな地方にいる探索者ではない。


「ずいぶんと引き止めてしまったね。

 舞夜に何か恩返しがしたいんだけど、何か欲しいものとかないかな?」


 すると、彼女は優しさを含んだ笑みを返し、俺の額を指で軽くつついた。


「兄さんからは返しきれないほど受け取ってるわ」

「俺が、舞夜に?」

「当然。兄さんが居なければ私はここまで健やかに大人にはなれなかったわ。

 母さんだって心底、兄さんに感謝してる」


 俺は家族にそこまでのことをしてやれていたのだろうか。


「兄さんがまだ子どもの時に父さんが亡くなって、その後すぐに探索者になった。

 それからずっと私たちを養ってくれたのはどこの誰なのかしら」

「母さんも、働いていたはずだよ」


 舞夜は首を振った。


「私たちが全くお金に困らないほど、お金を振り込んでいたわよね。

 比較するのはあまり好きではないけれど、一般的には富裕層と言われるくらいの額を稼ぎ続けていたのよ、兄さんは」


 あの頃はがむしゃらだった。

 父さんを失った喪失感。母さんの疲弊してやつれた顔。

 そして、まだ小さかった妹。


 毎日昼夜問わずダンジョンへ行き、どんなに怪我を負ってもくじけずに進み続けた。

 自分が生きるのに必要十分な金銭だけを残し、他は全て母さんの口座に振り込んでいた。

 今思えば預金残高を見ていなかったような気がする。

 それほどまでに精神的余裕がなかったのだろうと、今は思う。


「……そうか」


 しんみりとした雰囲気になったところで、自分の頬を両手でぱんと叩く。


「よしっ! それはそれとして、今夜は何が食べたい?」

「へ? えーと、あっ」



 ――――カレーがいい



「なら、久しぶりに寛治スペシャルカレーでも作るか」


 昔、料理に不慣れな俺が作った不細工なカレー。

 見た目は悪いが味は良いと家族からは好評だった。



 今夜はいつもより少しだけ、昔話で盛り上がった。























 ――――配信開始



【おはよう】

【おっはーっ!】

【眠いぜ】


「早朝からお疲れ様」


【いやマジではえーよ】

【まだ朝5時ちょうどじゃん】

【ここどこ!?】

【おー、3級になったのか】

【5級に1人で!?】

【3級おめ】

【この調子で準2級まで戻ろうぜ】


「はいよ、あんがとさん。

 見ての通り5級ダンジョンソロでガンガン行くよ」


 肩を回しながら鼻息荒く気合を入れる。


「闘気も充実してるし、体調もいいし、貯金は減ったし」


 白炎の如き闘気が全身から吹き出すように揺らめく。



【荒ぶる闘気】

【おっさん久しぶりのソロでハッスルしてる?】

【見た目相応になってきたか】

【ぱっと見は野生の幼女】

【貯金減ったのはその防具で察しはつく】

【野生……?】

【野生のおっさん】

【ちょっと不審者感でる言い方だな】

【この人ここ最近ずっと闘気纏ってるけど、地味にやばいような……】



「しばらくは5級ダンジョン巡りで貯金を戻すッ!」



 おっさんの金稼ぎ兼修行の旅が始まる。







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