第8話
「"ダンジョン撮影ビットくん"は……うん、人数分よし」
"ダンジョン撮影ビットくん"が自動起動。
4つが宙に浮き、半透明に。
ちなみに"ダンジョン撮影ビットくん"の起動条件は空気中に存在するとある元素の濃度である。
60年前から地球上に満ちている"ラビリニウム"という新元素の濃度がある一定以上になると自動で起動するようになっている。
特にダンジョン内は非常に濃度が高く、入ったそばから起動し、登録されている探索ライセンス所持者の邪魔にならないよう動く。
「カンちゃん。私の"ダンジョン撮影ビットくん"、コメントが出ないんだけど、壊れたのかな」
「ああ、それは等級による制限だね」
「制限?」
手を広げ、5を表すように挙げる。
「コメント欄は基本的に2等級以上の差がないと出ないようになっているんだ。
ダンジョン内の敵と実力が拮抗、近い状態だと邪魔にしかならないからね」
「そうなんだ。でもなぜ2等級なの?」
「ソロで行けるかどうかの基準が2等級の差だからだよ」
俺自身、準2級であった頃は日課のように4級へ潜り込み、視聴者と話をしながら攻略していた。
これは俺と4級の異生物では戦闘能力に隔絶した差があり、命の危険がほとんど無かったからだ。
ダンジョンも探索者も1等級の差は非常に大きい。
とはいえ、一部例外もある。
パーティ内に挑むダンジョン等級より2等級上の探索者がいる場合はコメント欄をみることが可能だ。あまり推奨するものではないが。
先の通り、1等級の差が大きいことことによる命の危険という観点から全探索者は生存率向上という名目で監視と支援魔術の機能を持つ"ダンジョン撮影ビットくん"の使用を義務付けられ、
その様子は探索者であれば誰でも見られるようになっている。
ちなみに"ダンジョン撮影ビットくん"自体がどこから提供されているかは不明だ。理由も不明である。
「配信者本人が楽しむという行為は余裕ができてからってこと」
「ちょっとガッカリだけど、そういうことなら仕方ないよね」
朝霧さんは猫背でいかにも気落ちしていますといった風だ。
感情表現が分かりやすいのはパーティを組む側からすれば助かる。
「……敵、来たよ」
竜胆さんの"魔眼"が妖しく輝く。
すると奥から2体のスライムが地面を這うように現れる。
「3人は自分の後ろへッ! まずは自分が相手をするっす!」
人間の子どもほどのサイズであるスライムは正面からの戦闘を好まない。
その粘性を活かし、壁や天井からの奇襲か超低姿勢による回避からの体当たりをしてくる。
見た目だけで知性がないと判断してしまうだろうが、騙されてはいけない。
地面をジグザグに這って迫りくるスライムの1体へ盾を向ける阿木都くん。
「大盾の面で潰すっ!」
阿木都くんは勢いよく跳躍し、盾の上に乗る。
「ふんッ!」
全体重をのせ、スライムの上からプレス攻撃。
スライムは為す術もなく圧し潰された。
「……もう1体は任せて」
竜胆さんの"魔眼"が再び輝く。
そしてコートの内側に手を差し込み、ナイフを取り出して投擲。
風切り音の後。
正確に小さな核を破壊されたスライムは瞬く間に霧散した。
「こりゃ凄い」
人類は地上最強の"投擲能力"を持つ生物。
単に速度や威力だけなら他の生物より劣るが、恐るべきはその総合的な投擲能力にある。
他の生物とは一線を画す卓越した手先の器用さ。
大きく発達した脳を活かした標的との距離、予測、効率よく投擲物へ力を伝達する発達した肩の筋肉と関節の柔軟性。
だからといって、薄暗いダンジョン内においてここまで正確にナイフを扱うことができる人間は少ない。
「……それほどでも、ほとんど"空間の魔眼"のおかげですし」
「それも竜胆さんの力だよ。探索者がはじめにしないといけないのは"自分の長所への理解"からだしね」
なんか良い感じに言ってはいるが、だいぶ昔に新人探索者へ言ったことを繰り返しているだけである。
繰り返しおじさんですまないが、この子にとっては最初かもしれない。
「あっ! それ教官も言ってました!」
「自分も聞いたっす」
「……実は私も」
繰り返しおじさんで本当にすまない。
朝霧さんと竜胆さんが後ろを向いてこそこそと話をし始めた。
《ある人の受け売りって教官は言ってたけど、実は寛治さんだったりして》
《……教官の年齢って見た目的に24とか?》
《前にこっそり聞いたことあるけど、29だって》
《……若いね》
《だよね。私びっくりしちゃったもん》
《……話し方もちょっと寛治さんと似てる雰囲気あるかもしれない》
《分かる~、穏やかな雰囲気というかぐうたらっぽい感じがすごく似てる》
「あの2人何してんすかね」
「説教おじさんですまない」
「こっちはこっちでどうしたんすか」
その後、5級ダンジョン"シンデン"の1層の攻略を終えた。
道中のスライムは見事な3人の連携で難なく倒されていき、俺の出番はあまりなかった。
強いて言うならうち漏らしたのを高速踏みつけで処理しただけ。
「ボスゾーンまで結構早かったねえ」
このダンジョンは2層構造なので、2層がボスゾーンだ。
やはりここも1層とは雰囲気が変わり、石造りの少しリッチなものとなっている。
「えへへ、これでも教習所の同期の中ではトップ成績のパーティだからねっ!」
「たしかに……納得の実力だね」
朝霧さんはムードメーカーかつ多彩な魔術を用いて身体能力強化、回復、敵への妨害ができる探索者。
これだけできるととんでもない数のチームからスカウトされそうだ。
竜胆さんは"空間の魔眼"という生まれながらに空間認識能力の極致とも言えるほどの才があり、戦い方からもかなりの努力が伺える技巧派。
朝霧さん同様に入るチームには困らないだろう。
「それにしても阿木都くんは闘気の扱いがうまいね。
投げた盾を闘気で手元に戻すのは高等技術のはずなんだけど」
「親父が探索者でよく教えてもらってたんすよ」
「なるほど、それでか~。動きもとても新人とは思えないくらいだったよ」
「あざす」
こうして見ると3人とも逸材だな。
パーティの中じゃ俺が一番平凡かもしれない。
(うん、おじさんももっと頑張らなきゃ)
心の中で気合を入れた。
「それじゃあカンちゃん、リンちゃん、アギトくん。
張り切って初ボスゾーンへ行っちゃおう!」
「おーっ!」
「……おー」
「うっす」
「カンちゃん以外テンションひくっ!」
朝霧さんのツッコミを皮切りに、ボス攻略が始まる。
――――――――――――――――――――
――――寛治のコメント欄
【出オチ感】
【期待の新人パーティ】
【新人(異物混入)】
【見た目は新人っぽいだろ!】
【コメント欄解禁後の反応が楽しみ】
【ボス戦でスカウト判断だな】
【魔眼の子ほしー】
【始まるぞ】
コメント欄は大盛り上がりであった。
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