4-3
じとり。
男の炎で炙られて乾いた空気が、熱気はそのままに多量の水をはらんだ湿度の高いものに変化する。
男は眉をひそめ、炎の勢いも少し弱まった。でも、まだ消えない。
私の魔法により、一帯の湿度が一気に上がる。
……だめだ、これだけじゃ、まだ足りない。
私は男の背後にある木に意識を集中し、木の水分量を急上昇させる。
木は強引に生み出された内部の水に耐え切れず、膨張する間もなくいきなり破裂した。
破裂した木の破片が、男めがけて飛び散る。不意打ちをしたつもりだったのに、男は平然と反応し、薙ぎ払おうように炎をまとわせた片腕を振るう。が、木片と共に飛び散る水のせいで上手く焼き払えないようだ。
舌打ちをして、男は片方の腕でマナを抱えたまま軽く横に飛んだ。
「へえ、やるじゃねえか嬢ちゃん」
意外そうな顔で男が私を見る。
マナを包んでいた炎は消えたけれど、マナは男に抱えられたままぐったりとして動かなかった。
……まだだ。まだ、マナが捕まったまま。
私は男の体の、どの部位なら壊してしまっても平気か考える。考えながら、他方で自分が何をするつもりなのか、一体何を考えているのかと首をかしげてもいた。壊すって、あんな大男相手に幼児が傷ひとつ負わせることだって、普通に不可能じゃないか。
首をかしげる私を無視して、もう他方で思考は絶えずめぐり続ける。とにかく被害を最小限に抑えるためにどうしたらいいのか、どれくらいの力でどこを狙うべきなのか。
挑発するように、一歩、男が私の方へと大股で踏み出してきた。
「これで終わりってわけじゃ、ないんだろう?」
凄みのある笑顔で、男は二歩目を踏み出そうとする。私は男の足元に生える草の水分量を一気に増やす。増えた水は草の道管からにじみ出、水浸しになった草は一瞬でドロドロになった。
男はほう? と唸るが、急にぬかるんだ足元で転んだり体勢を崩したりはしてくれない。
……できれば、人には使いたくない、こんなものを。こんなもの? こんなものってなんのことだろう? どうしたらいいのか、このままではマナが連れて行かれてしまう。だから、でも、これは……。
「どうして、こんなこと、するの?」
混乱した思考を抱えたまま、苦し紛れに疑問を放つ。
少しでも考える時間が欲しかった。
無視されるとも思ったのだが、男は余裕ある様子で私の言葉に返答をした。
「どうしてもへったくれもねえ。こいつが研究機関から重要な研究資料を盗みやがったんだ」
「ケンキューシリョウ、を、盗んだ?」
初耳だった。
マナが盗み? 盗み食いはよくしていたけれど、無防備なキッチンから食べ物をつまむのと研究機関に忍び込み物を盗むのとは、まったくわけが違う。
「おう、そうだ。嬢ちゃんがなんて聞いてるのはか知らねえが、盗人の指名手配犯マーナとはこいつのことだ」
「マーナ……」
そういえば、彼女は最初にマーナと名乗ったのではなかったか。その後、慌ててマナと名乗りなおしていたけれど。でも、まさか……。
「本当なの、マナ?」
「……」
男に抱えられた彼女は、返事もしなければぴくりとも動かない。
「まあそーゆうことだ。ところで、嬢ちゃん、面白い魔法の使い方するな。まだ他にも隠してる手があるんじゃ」
男の足元の土が盛り上がり、鋭い棘のような形状に変化して目にもとまらぬスピードで上へ向かって伸びあがる。
串刺しになる直前に男は素早く後方へ飛んで回避した。
私と男との距離が開く。
土で出来た棘はゆるゆると形を崩し、再びただの地面戻る。
土の魔法だ。
と、いうことは……。
「感心しませんねえ。まったく、子ども相手に、大人げないことこの上ないですよ?」
やれやれと言わんばかりに両手を腰に当て、ルドが言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます