旅人アルマは動かない
洞貝 渉
1-1
まだ年端もいかない女の子が指名手配されたってよ。
テネルだったか?
ああ、そいつもそうだが、最近になって手配された……ええと、確かマーナとかいったかな。
嫌だね、なんたって子どもばかり……。
子どもだからなんじゃないのか? どっちの子もかなり強力な魔力を持っていたらしいからな。自制心が育ち切ってない未熟な子どもだったからこそ、使っちゃならねえタイミングに力を振りかざしちまったんでねえか?
そりゃまた、災難だったな……身の丈に合わんもんなぞ、持つもんじゃねえ。
まったくだ。
「……おお、兄ちゃん、悪かったな。つい話し込んじまった」
朝の市場は賑わっている。
屋台に並ぶ商品は色とりどりで、いつまで眺めていても飽きがこない。きょろきょろと目移りし続ける私をたしなめるように、ルドが屋台の果物を一つ拾い、私に手渡してきた。
艶やかな赤い皮に包まれたそれは、見た目よりもずっしりと重く、清々しい香りを放っている。
「いえいえ、お気になさらず」
恐縮する屋台のおじさんに、ルドはにこやかに笑う。
それから、果物や野菜をいくつか選んでおじさんに包んでもらい、私に持たせた果物の代金も合わせて支払った。
「お嬢ちゃん、よかったね」
果物を両手で持つ私におじさんがお愛想を言う。
私はぐっと視線を上げ、おじさんの顔を覗き込み、幼児向けの笑みを浮かべるおじさんになんと返答すべきかわからずじっと見つめてしまった。
「すみませんね、この子、人見知りで」
ルドがすかさずフォローを入れてくれる。
いやいや利発そうでかわいらしいお嬢さんだ、いえいえまだ幼く礼儀も知らないもので、そんな大人のやりとりが頭の上で繰り広げられ、いたたまれない。
「外は楽しいでしょう?」
果物と野菜の屋台から離れ、ルドが話しかけてきた。
気遣うような、何かを期待するような、そんな声音だ。
「……興味深い、とは思いますが、疲れます」
私は両の手に持ったリンゴのような果実を見つめて答える。
異国情緒、とでも言うのだろうか。
活気あふれる市場、カラフルな商品、鮮度の高い果物や野菜から発せられるみずみずしい香り。
馴染みはないが、不快でもない。
思わず目を奪われ、ふらふらと歩き出してしまいそうな、そんな場所。
活発な人や好奇心の強い人ならかなり魅力があることだろう。
でも、私は『疲れる』という一点があるだけで消極的な気持ちになってしまう。嫌いじゃない、好きでもない、必要なら出向くけど、極力関わりたくない。
怠惰で臆病な自覚はある。
それがあまりいいことでないことも、一応はわかっているつもりだ。
それでも、私は、あの頃から変われていない。
「それはそれは。では買い出しが終わったらまっすぐ帰りましょうか」
ルドは朗らかに言って、のんびりと市場を歩く。
私の歩幅に合わせて、私の様子に気を配りながら、それを私に気取られないように。
ルドはいつだって私のために心を砕いてくれている。そこだけは本当に感謝しているのだが。
「お、かわいいね。嬢ちゃん、お父さんと買い物かい?」
何件目かのお店で干し肉を選んでいると、店のおじさんが私に愛想よく話しかけてきた。
瞬間、ルドは開いているのか閉じているのかよくわからない細い目の奥をキラリと光らせて、食い気味におじさんに応える。
「ええ、かわいいでしょう。この子は僕とテラ様の愛しい子どもなんですよ。ね、アルマ?」
「違いますが」
私の返答で肉屋のおじさんの表情が凍り付く。
ルドは父親ではないし、テラは母親でもなければルドの恋人ですらない。
毎度のことながら、本当にこの妄言だけは止めてほしい。
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