5-4
ルドは難しい顔をしたまま、席を立った。
少しして、冷えてしまったカモミールティーの代わりに私とマーナにはミルクココアとクッキーを、ルド自身にはコーヒーを用意して戻ってくる。
「一つ、よろしいでしょうか?」
席に着くと、ルドは真っすぐにマーナを見て言った。
マーナは警戒をあらわにした表情でルドを睨みながらも、ゆっくりとした動作でうなずく。
「あなたが今握っているその袋の中身が、あなたのお兄さんであり、賢者の石の試作品という認識で間違いありませんか?」
間をおいてから、もう一度うなずくマーナ。
「それを僕に、少しの間預けてはもらえないでしょうか?」
「絶対に嫌」
間髪入れず拒絶した。
ルドはそれを気にした様子もなく、わかりましたとすぐに引き下がる。
「申し訳ありませんが、お二人とも、しばらくは外へ出ないようお願いします」
「ルド、どうするの?」
話が見えず不安になる私に、ルドは夕食のメニューでも説明するかのようなのんびりとした口調で答えた。
「マーナさんの指名手配を解除してもらうよう働きかけてみます。少し時間はかかるかもしれませんが、まあなんとかなるでしょう」
ああそれと、とルドは私に言葉を続ける。
「いつか僕が言ったこと、覚えていますか?」
「……なんのこと?」
「僕とテラ様の既成事実を先に広めてしまえば、これはもう僕とテラ様は両想いということに」
「なりませんよ?」
条件反射でツッコミを入れると、ルドは満足そうににっこりと笑う。
唐突な妄言を怪訝に思ったけれど、そういえば、前にもこんなやり取りがあった。
確かあの時話していたのは、『事実というのは願望よりも軽い』、だったか。
「覚えてる、けど、それがどうしたの?」
「いえ、ただ、覚えておいていただきたかったものですから」
意味深なことを言うルドに首をかしげる。
ルドはそれ以上この話題には触れず、お腹空きましたよね、すぐに食事の支度をしますとキッチンに行ってしまった。
それから数日。
私とマーナは、室内に籠り切りの生活にも慣れ始めていた。
マーナは相変わらず毎朝私の部屋のドアを叩いて私を部屋から引っ張り出し、共同スペースにしている広めの部屋で朝散歩の代わりにストレッチなどの軽い運動を勧めて……強制してくる。
朝の運動が終われば朝食を食べて、次はルドによる魔法の勉強と鍛錬だ。
正直、なにを言っているのかもなにをしているのかも全くわからない。
四大精霊? の力を借りて発現させるのが一般的な魔法らしい。精霊たちとは相性が合ってうんぬん。魔力を丹田で練り上げてかんぬん。
呆然とする私に、ちゃんと聞いていますか? とちょっと怖い笑顔になるルド。一緒に勉強と鍛錬をしてくれているマーナは苦笑いだ。
その日はルドが魔法を披露してくれた。
火が生まれると風が発生し、風が吹くと火は燃え上がる。相互に力を増す関係にある魔法なのだと説明しながら、ルドは灯篭のようにきれいな火を生み出し、そこへ優しいそよ風を吹かせた。火は揺らぎながらも温かみを増していき、風は柔らかく風量を強めていく。
説明されていることの意味はよくわからないけれど、こうして実際の魔法を見るのはとてもワクワクした。
拍手したいくらいのすてきな魔法を前に、ふと見ると、マーナは顔を強張らせている。魔法はあまり好きではないのだろうか。
「あのさ、アルマ。復習したいだろうけど、その前に少し話したいことがある」
勉強と鍛錬を終えた後、マーナは強張った表情のまま、そう言って彼女の部屋に誘ってきた。
振り返れば、マーナは大男のカイテーに魔法で火傷させられている。魔法、特に火の魔法は苦手に思っていてもおかしくなかった。
謝らないと。気付けなくて、ごめんと伝えなければ。そんな申し訳ない気持ちでマーナの部屋を訪れたけれど、神妙な顔をするマーナにどう切り出せばいいのかタイミングがつかめず、マーナの部屋で二人沈黙してしまう。
「……アルマ、頼みがあるんだ」
先に話し出したのはマーナだった。
きっと、魔法の勉強と鍛錬を受けたくないということだろう。もしくは、火の魔法は今後遠慮してほしい、とか。
私はまだマーナの頼みがなんなのか聞きもしないで、もちろんそうしようとマーナに言うつもりになっていた。
「一緒に、ここを抜け出してあたしの村に来てほしいの」
「もち……え?」
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