1-4

 男性の家は市場にほど近い場所にあった。

 行きたくはなかったけれど、幼児の私に行動の選択権なんてない。

 なぜか急激に打ち解けてくる男性に調子を合わせつつ、ルドと私は案内された家の中へ入る。


「ささ、やっちゃってくださいよ」

 室内に入るなり、男性が若干の厚かましさを見せつつルドに催促した。

 二人の大人の背中越しに、男性の話の通り血を流して倒れている女性が見える。……でも、あの女性、苦しそうにうめいているような気がするのだけれど。

 ルドは男性と倒れた女性を交互に見やると、目いっぱい息を吸い込み、


「ぎいやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼」


 いきなり腹の底から大声を出した。

 声に驚いた男性が「ひええ⁉」と情けない声を出し私を押しのけ慌てて室外へ逃げ出そうとする。

 「どうしたっ⁉」

 しかし勇ましく室内に踏み込んできた肉屋のおじさんにすぐ退路を塞がれてしまった。

 男性は突然の乱入者に一瞬マズイという顔をするが、すぐに頭を切り替えたようで、助けてくれと声を上げ肉屋にひしりとしがみつく。

「あ、あ、あいつが全部悪いんだ‼」

 男性は『あいつ』を憎々し気に睨みつけ、指さした。

 肉屋が驚きで息をのみ、ルドは真顔で……いや、あれはたぶん必死で笑いをかみ殺してる顔だ。

 男性に『あいつ』と指さされた私は、悪いことをした心当たりが無さ過ぎて困惑する以外どうしていいのかわからない。

 

「あいつは『テネル』だ! 指名手配の極悪人だ! あいつが全部悪い! あいつのせいだ!」

 興奮する男性をなだめるように、肉屋は男性の肩に手を置いた。

「いや、お前さん、テネルはもっと大きな女の子だろうよ」

「そんなの嘘っぱちだ!」

「魔法協会がわざわざそんなわけのわからねえ嘘をつくかい」

「あいつが俺の女房を燃やすって言ったんだ!」

「いやいや、なんであの子がお前さんのかみさんを燃やそうとするんだよ。それにあの子の髪は青いだろうが。だいたい、あんな小さい子がそんなことできるわけ……ん? あそこに倒れてんのお前のかみさんか?」


 肉屋がここでようやく倒れた女性に気が付いた。

 ここぞとばかりに、口を開くルド。

「助けてください。この男性、様子がおかしかったから声をかけてみたら、自分の妻を殴って殺したと言いだして。何かの間違いだと思いこうして彼の家まで来たのですが、こんなことになっていて……。しかも、なぜか突然この子のことを指名手配犯だと言い始めて……もう、本当にどうしたらよいのか……」

 しがみつく男性を見る肉屋の目がすっと冷たいものになる。

 男性はそんな肉屋の変化には無頓着で、私を指さし罵詈雑言を浴びせ続けていた。

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