3-1

 マナが来てから、私の生活は一変した。

「アールマ! 朝だぞー!」

 引きこもれないのだ。

 ドンドンと部屋のドアを乱暴に叩かれ、大声で呼ばれる。

 鍵がかかっているので勝手に入ってくることは無いのだが、とにかく落ち着かない。

「アールーマーあーさーだーぞー!」

 ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン。

「……」

 無視するのを諦めて、私は無言でドアを開ける。抗議するつもりで思いっきり睨むも、マナはお構いなしで、ようやく起きたなと嬉しそうに笑って私の手を取ると、

「ほら、朝は気持ちいいし、外に出て軽く体を動かそうよ!」

 連れ出されてしまった。


 ヤドカリハウスは人目を避けるために森の中に据え置いている。

 マナと私はヤドカリから離れ過ぎないように気をつけながら、ほぼ毎日朝の森を散歩した。

「あれは傷によく効く薬草。あっちのは胃もたれに効くよ。あ、あれは食べられる草の実だ、ほら!」

 マナは歩きながらでもよく喋る。

 年下の女の子の面倒をかいがいしく見てくれているのだと理解はしているものの、息つく暇も無くて疲れてしまう。

 マナが笑顔で差し出してきた赤い草の実を、ありがとうと言って口に含む。草のえぐみの向こうにほんのり甘みがあって、滋養にはよさそうだ。

 おいしいね、とマナに言われ、とりあえず首を縦にする。気を遣ってもらっているわけだし、こちらもできるだけそれには応えたい。

「うわ! アルマ、見て! こっちにすごい水たまりがあるよ! 湖かな? ほらすごいよ!」

「ま、待って……」

 応えたくはあるのだが。

 まだ小さな子ども、それも普段は引きこもりをしているのだ。体力は限りなく少なく、活発なマナについて行くのもやっとのことだった。


 こんな風に引っ張ってくれる人、今までの人生でいただろうか。

 息を切らしながらヤドカリハウスに戻ると、ルドがおいしそうな朝ご飯を用意してくれている。

 白米、味噌汁、焼き魚に甘い卵焼き、里芋の煮っころがし、それから野沢菜の漬物。これぞと言いたくなるほど伝統的な日本食だ。

 マナがなにこれと言って眉をひそめるが、恐る恐る味噌汁に口をつけ、おやという顔になる。

「悪くは、ない、かも」

 器用に箸を使い、料理を次々に口へと放り込んでいくマナ。

 マナの食欲に圧倒されながら、私も朝食に箸をつける。うん、やっぱり今日もルドのご飯はおいしい。


 ふと、たった数日しか通えなかった高校の教室を思い出す。

 賑やかな教室の中で、たった一人どこにも交わることが出来ず浮いてしまった、あの数日間の孤独と焦燥の恐怖。

「ねえちょっと、これ、もっとないの? この黄色くてふわふわしてるやつ!」

「ええ、卵焼きですね。ありますよ。食べますか?」

 ルドとマナのやり取りをぼうっと見ていると、視線に気づいたマナが私を見てニッと笑う。

「ほら、アルマも食べなよ。この黄色いの、おいしいから!」

 卵焼きですよ、とルドが苦笑いしながら、追加の卵焼きを取りに席を立つ。

 私は自分の皿に残っている卵焼きを一口大に切り分けて、食べた。

 ふわりと優しい食感、それから口いっぱいの甘みに、なんだかホッとした心地になった。

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