6-2
カーテンを引き、ずっと部屋の中に籠っていると、夢と現実の境が曖昧になる。
自分でも、どこで何を間違えてしまったのかわからなかった。
いじめを受けていたわけではない。話のできる友人もいた。家庭環境もそこそこ、勉強もそこそこ、運動もそこそこ。可もなく不可もなく、そこそこの人生だったように思う。
無事、志望していた高校に入学した矢先のことだった。
新しい環境。一から組み立てる人間関係。新鮮で、緊張感の高いあの独特な教室の空気。
ストレスが無かったといえば嘘になる。
憂鬱な気持ちにならなかったといえば、嘘になる。
でも、引きこもらなくてはならないほどの強いストレスではなかった。
自分でもわけがわからなかった。
きっかけは猫の死体だ。
見慣れたものというわけではないけれど、別に生まれて初めて見たわけでもないし、飼っていた猫とか顔見知りの猫とか、そういう縁あった猫でもない。
なのに、ダメだった。
通学の途中で道の脇に転がっているのを見た途端、足が一歩も動かなくなってしまったのだ。
よく覚えてはいないけれど、あの時私は、たぶん三時間くらいは固まっていたと思う。何が起こったのかはわからなかったが、とにかく完全に遅刻だった。
吐き気とか頭痛とか、そういったものは無かった。ただ、頭がぼんやりとして、足元がふわふわと覚束なく、現実感が無かった。
どうやって帰ったのかもわからない。
両親が共働きだったのが幸いだったのか禍だったのか、学校へは行かずにそのまま帰宅したことを誰に見咎められることもなく自室に戻ってこもり、翌日も、その翌々日も、なぜか私は自室から出られなくなってしまった。
「というか、あんたのその人生、まるっと欲しいんだよね。いや、欲しいってか、ください。こんなに好条件そろってる人間、探すの大変なんだから」
カーテンを引き、ずっと部屋の中に籠っていると、夢と現実の境が曖昧になる。
だから、それが夢の出来事なのか現実の出来事なのか、私には判断がついていなかった。
「体が健康で若くて、周囲の誰にも注意を払われてないし、親にさえも理解されていない。突然人格が変わっても誰にも気付かれない人間。まさにあんたみたいなの、探してたんだ!」
黒い一対の羽。黒を基調とした変な服。なにより、鍵のかかった部屋にいつの間にか入り込んでいることから、それが人間ではないことを感じた。幻覚か、夢の続きか、もしくは悪魔だったりするのかもしれない。ぼんやりと回らない頭でそんなことを思ったのを覚えている。
……目が覚めた。昔の夢を見ていた。こちらの世界へ来る前の夢だ。
自室の天井でもヤドカリハウスの天井でもない、石造りの知らない光景にだんだんと目が慣れてきて、なにがあったのか思い出す。
私は身体を起こし、ちょっと感動した。寝袋もなく、固い地面に直接寝転がって眠ったのにも関わらず、身体が全然痛くないし軋んでいない。子どもの身体は偉大だ。
「嬢ちゃん、起きたか」
すでに起きていたカイテーが声をかけてくる。
そして、ほら、食っとけ、と固いパンを渡された。ルドのご飯が恋しくなる。
「おう、嬢ちゃん。どうした、難しい顔して」
「……誘拐されたんです、難しい顔の一つもしたくなります」
「それもそうだな! いやー、悪い悪い!」
カイテーは悪びれもせずにガハハハッと豪快に笑う。
私はこの大男の性格が今一つ掴めず、そっと様子を盗み見た。
カイテーは固いパンを大きな口であっという間に食べてしまい、あとは壁にもたれてじっとしている。ルドを迎え撃つために体力を温存しているのかと思ったけれど、なんだか変な気がした。顔色が悪いような、よくよく見ると脂汗がにじんでいるような……。
「あの、大丈夫、ですか?」
「……」
大男は動かない。
私は恐る恐るカイテーに近づくと、丸太のような腕に触れてみた。火であぶった鉄みたいに、熱い。慌てて手を離す。
「あの、本当に大丈夫ですか⁉」
カイテーはうめくような声を出したけれど、やっぱり動かない。
大丈夫ではなさそうだ。
病気だろうか。昨日まで何ともなさそうだったのに。
どうすればいいのかオロオロとしていると、カイテーが口を開いた。
「……平気だ。ちょいとばかし、こいつとの相性が悪いみたいでな」
こいつ、と言いながらカイテーは赤い義手を揺する。私はそれを見て、驚いた。義手から黒い靄が漏れ出ている。
「これ、その……あまりよくないものなんじゃ、ないですか?」
「さあな。だが、今の俺に必要なもんには違いねえ」
脂汗をにじませながら、呼気も荒くカイテーは言う。
どうしよう、どうすればいいのか、とにかくこの身体を冷やさないと……。
焦る私の脳裏に、昨日教えてもらったルドの魔法の話がよぎる。
火が生まれると風が発生し、風が吹くと火は燃え上がる。この二つは相互に力を増す関係にある魔法。
なら、火と水ならどうだろうか?
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