2-3

 ルドを先頭に、私たちは音の主にバレないようそっとキッチンに入る。

 私よりも大きくルドよりもずっと小さな背中が、キッチンの隅でうずくまっていた。

 背中が小刻みに動くのと連動して、カチャカチャと音がする。何をしているんだろう。


 ルドが口に人差し指をあて、悪い笑みを見せた。

 いつの間に用意したのか冷えた麦茶の入ったコップを片手に、そろりそろりと背中に近づくと、すっと、背を向けている人の顔の辺りに差し出す。

 その人はルドからさっとコップをかっさらって、一気に麦茶を飲み干した。よっぽど喉が渇いていたんだろう。

 空っぽになったコップを脇にドンと置き、またカチャカチャと音を立て始める。どうやらお皿とフォークが当たる音のようだ。

 もしかして、あの子もナポリタンスパゲッティを食べているのだろうか。なら、夢中になって食べてしまうのもわかる気がする。

 

 笑いをかみ殺すルドの隣で、小さな背中の人はようやくスパゲッティを平らげたのか、満足げに深いため息を吐き、ふいに脇に置いた空のコップを不思議そうに眺めた。

 数秒、コップに釘付けになった視線が、ゆっくりと上がっていき、ずっとすぐ隣に控えていたルドともろに目が合う。ニヤリと笑うルド。

「おいしかったですか?」

「ひいっ⁉」

 慌てて逃げ出そうとするが、速攻でルドに首根っこを掴まれてしまった。

「どうしますか? アルマのご飯を横取りしていた犯人、追い出しますか?」

 ひょいと掲げられたその子は、十代半ばの女の子だった。


「えっと、あなたは誰で、どうしてこんなことしたんですか?」

「関係ないでしょ、ガキがしゃしゃり出てくるな」

「そうですか。ではアルマと関係のないあなたには、これも関係ないものですよね」

 ルドは素早い動作で女の子の前からアイスを取り上げる。

 あっ、と声を上げ、すごく悔しそうな顔をする女の子。わかる、ルドの料理、どれもおいしいもんね……。

 私たちはキッチンから移動して、ダイニングに腰を落ち着かせていた。

 女の子を追い出すにしても追い出さないにしても、まずは話を聞こうと思ったからだ。

「ルド、意地悪しないで」

「はいはい」

 ルドは取り上げたアイスを、そっと彼女の目の前に置く。アイスが再び目の前に戻って来たものの、これはこれで嫌だったようで、私は女の子にぎろりと睨まれてしまった。


 女の子がアイスを食べ終わるのを待ち、少し落ち着いてもらってから私は再度質問した。

「名前は、なんていうんですか?」

 ルドが控えめな動作で私に甘いココアを、女の子にはさっぱりとしたレモネードをそれぞれ用意する。

 女の子はレモネードに口をつけて舌を湿らせ、諦めたようにため息をついてから話し出す。

「……マーナ」

 マーナ……どこかで聞いたことがあるような?

 考え込む私の様子を見て、女の子はハッと何かに気が付いたように慌てて訂正する。

「マナだよ、マナ」

「あ、はい。マナさん、ですね。では、マナさん。どうしてここに入り込んで、ご飯の盗み食いなんかしていたのですか?」

 女の子——マナさんは探るような目つきで私とルドをチラチラと見て、考えるように少し黙り込んだ。

 でも、覚悟を決めたようにキッと私を睨むと、首に下げた小さな袋を両手で握りしめながら、語り出す。


「……私は、用事を終わらせて、自分の家に帰るところだったんだ。

 でも、家が遠くて、いろいろあって路銀も尽きて、どうしようもなくなって。

 お腹は減るし、道は見失うし、どこに行けばいいのかもわからなくなってしまった」


 マナさんは言葉を探すように、レモネードのコップに視線を移す。

 私も自分のココアに目を落とし、緊張をほぐそうと口をつけた。ホッと息をつきたくなるような優しい甘みに、思わずほおが緩む。


「あてもなくさ迷っていたら、森の中に大きな貝殻が見えて。

 こんな陸地に貝殻、それも見たことのない大きさの巨大な貝なんて。怪しくは思ったんだけど、なんだか中からいい匂いがしたから、それで、つい……」

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